曹家は内務府包衣正白旗旗鼓佐領(皇帝に奉仕する内務府包衣のうち、漢人で構成された佐領)に所属しており、祖籍は北方だが、代々南京の江寧織造をつとめた。
実母は顧氏。嫡母の孫氏は康熙帝の乳母であり[1]、曹寅は康熙帝の寵臣として重用され、位は通政使にのぼった。康熙帝が江南に巡行したとき、4回までも織造署が行在所になる栄誉に輝いた[3]。
曹寅の没後、猶子の曹顒(そうぎょう)は1715年に没し、曹寅の弟の曹荃の子で猶子になっていた曹頫(そうふ)があとを継いだ。しかし、康熙帝が崩じて雍正帝が即位すると曹家はうとまれ、公金で接待費の穴埋めをしていた罪で家産を没収された[3]。曹頫の子が曹雪芹である。