望月惇志
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プロ入り前
5歳で野球を始めると、横浜市立芹が谷小学校時代は「東芹が谷ジュニアフェニックス」に、横浜市立芹が谷中学校時代は「横浜南ボーイズ」にそれぞれ所属。
横浜創学館高校に進学すると、2年春からベンチ入り[1]。3年時にはストレートで最速148km/hを計測した[2]が、在学中には春夏とも甲子園大会へは出場できなかった[1]。1学年先輩に福田俊がいる。
2015年10月22日に行われたドラフト会議では、阪神タイガースから4位指名を受け[1]、契約金4000万円、年俸500万円(金額は推定)という条件で入団した。背番号は61[3]。
プロ入り後
2016年、春季キャンプから二軍で育成。6月9日にオリックス・バファローズとのウエスタン・リーグ公式戦(阪神鳴尾浜球場)で先発投手として実戦デビューを果たすと、5回無失点の好投でプロ初勝利を挙げるとともに、ストレートで151km/h(当時の自己最速記録)を計測[4]。同リーグ公式戦14試合の登板で、5勝3敗(1完投)、防御率3.84という成績を残した。9月30日にプロ入り後初の出場選手登録を果たすと、翌10月1日の対読売ジャイアンツ(巨人)戦(阪神甲子園球場)で、6点リードの9回表に4番手投手として一軍公式戦にデビュー。最初の対戦打者ギャレット・ジョーンズに投げ込んだストレートで、自己最速記録を153km/hにまで更新。結局、1回を無失点に抑え、福原忍の引退試合でもあったチームのレギュラーシーズン最終戦を継投による完封勝利で締めくくった[5]。シーズン終了後の秋季キャンプでは蓄積疲労によって右肘を負傷[6]。ノースローによる調整を余儀なくされた。
2017年、教育リーグ中にストレートで155km/hを計測したものの[7]、レギュラーシーズン開幕後の4月に腰痛を発症。長期にわたる療養を強いられ[6]、8月に実戦へ復帰すると、ウエスタン・リーグ公式戦で14試合に登板。5勝(1完投勝利)3敗、防御率3.84という成績を残した。一軍公式戦への登板機会はなかった。シーズン終了後に参加したフェニックスリーグでは155km/hを計測[7][8]。フェニックスリーグ終了後に秋季キャンプへ参加したが、再び腰痛を訴えたため[9]、12月19日に腰部ヘルニアの手術を受けた[10]。
2018年、前年に受けたヘルニア手術の影響で、春季キャンプから6月末までは、二軍での調整に専念していた[11]。7月3日の対中日ドラゴンズ戦(甲子園)8回表から2年ぶりの一軍公式戦登板を果たすと、5者連続奪三振を記録[12]。同リーグ選抜の一員として初出場した7月13日のフレッシュオールスターゲーム(はるか夢球場)では、9回表の救援登板で155km/hを2度計測し、イースタン・リーグ選抜の高卒新人クリーンアップ(清宮幸太郎・村上宗隆・安田尚憲)を三者凡退に抑えた[13]。後半戦は一軍の救援陣に定着。一軍公式戦全体では、37試合に登板して防御率4.20を記録したが、初勝利や初セーブを挙げるまでには至らなかった。シーズン終了後の秋季キャンプでは、才木浩人・浜地真澄とともにMVPへ選ばれた[14]。
2019年、プロ入り後初めて一軍の沖縄春季キャンプに参加すると、主に先発で実戦登板を重ねた[15]、オープン戦ではストレートで自己最速の159km/hを計測したものの、制球難を露呈した[16]ため、開幕一軍入りには至らなかった[17]。4月4日の対巨人戦(東京ドーム)に救援投手として一軍公式戦でのシーズン初登板をしたが、3回を投げて2被本塁打3失点という内容で、翌5日に出場選手登録を抹消された[18]。抹消後には、7月中旬の時点でウエスタン・リーグトップの防御率2.43を記録するなど先発で好投[17]。7月17日の対中日戦(豊橋市民球場)で一軍公式戦の先発マウンドを初めて経験[19]すると、先発と救援で併用されながら、8月22日の対DeNA戦(京セラドーム大阪)で一軍公式戦での初勝利を先発で記録した[20]。レギュラーシーズンでは一軍公式戦8試合の登板で1勝を挙げただけだったが、チームがシーズン3位で迎えたクライマックスシリーズ(CS)では、10月9日に巨人とのファイナルステージ第1戦(東京ドーム)で先発に抜擢された。1回裏に2者連続で本塁打を打たれるなど、2回5失点という内容で降板した末に黒星を喫したが、一軍監督の矢野燿大は「望月に(大一番での)経験を積ませられるなど、ある意味でチームにとって必要な負け」と前向きに評価した[21](その後チームはCSで敗退)。
2021年は、2017年以来4年ぶりに一軍登板はなく、二軍でも17試合の登板で0勝3敗、防御率9.25であった[22]。12月2日に自由契約となり[23]、12月10日に育成選手として再契約[24]。550万減となる推定年俸600万円となり[25]、背番号も124に変更された[25]。
2022年は、ウエスタン・リーグでの登板数は2試合のみに留まり[26]、9月8日には「右肩関節唇修復術」を受けた[27]。
2023年は、6月14日に術後初めてシート打撃に登板すると[28]、7月22日に行われた石川ミリオンスターズとの練習試合で実戦に復帰[29]。ウエスタン・リーグでは13試合に登板したが、0勝1敗、防御率8.74に終わり[30]、10月3日に戦力外通告を受けた[31]。その後、11月9日までに現役引退を決断した[32]。
現役引退後
選手としての特徴・人物
詳細情報
年度別投手成績
| 年 度 | 球 団 | 登 板 | 先 発 | 完 投 | 完 封 | 無 四 球 | 勝 利 | 敗 戦 | セ 丨 ブ | ホ 丨 ル ド | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 敬 遠 | 与 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ 丨 ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2016 | 阪神 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 4 | 1.0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0.00 | 1.00 |
| 2018 | 37 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 190 | 44.0 | 46 | 7 | 17 | 0 | 2 | 40 | 2 | 0 | 24 | 21 | 4.30 | 1.43 | |
| 2019 | 8 | 5 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | .500 | 142 | 31.1 | 33 | 4 | 16 | 2 | 3 | 26 | 3 | 0 | 15 | 14 | 4.02 | 1.56 | |
| 2020 | 16 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 81 | 19.0 | 18 | 2 | 8 | 0 | 0 | 18 | 3 | 0 | 11 | 11 | 5.21 | 1.37 | |
| 通算:4年 | 62 | 5 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | .500 | 417 | 95.1 | 98 | 13 | 41 | 2 | 5 | 85 | 8 | 0 | 50 | 46 | 4.34 | 1.46 | |
年度別守備成績
| 年 度 | 球 団 | 投手 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | ||
| 2016 | 阪神 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- |
| 2018 | 37 | 2 | 1 | 0 | 0 | 1.000 | |
| 2019 | 8 | 2 | 5 | 0 | 3 | 1.000 | |
| 2020 | 16 | 1 | 2 | 1 | 0 | .750 | |
| 通算 | 62 | 5 | 8 | 1 | 3 | .929 | |
記録
- 初記録
- 初登板:2016年10月1日、対読売ジャイアンツ25回戦(阪神甲子園球場)、9回表に4番手で救援登板、1回無失点
- 初奪三振:同上、9回表にギャレットから空振り三振
- 初先発:2019年7月17日、対中日ドラゴンズ14回戦(豊橋市民球場)、5回4失点で勝敗付かず
- 初勝利・初先発勝利:2019年8月22日、対横浜DeNAベイスターズ21回戦(京セラドーム大阪)、6回無失点
背番号
- 61(2016年 - 2021年)
- 124(2022年 - 2023年)
登場曲
- 「One Thing」One Direction(2016年)
- 「ヒカレ」ゆず(2017年 - 2018年)
- 「ライオン(2018 New Ver.)」ベリーグッドマン(2019年 - 2020年)
- 「EndlessSky」平井大(2021年、2023年 - )
- 「Fanfare」Mr.Children(2022年)