木村庄之助 (初代)

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行司名 初代木村庄之助
生年月日 1659年?
没年月日 1739年?
出身 宮城県白石市?
初代木村庄之助
1st Kimura Shonosuke
基礎情報
行司名 初代木村庄之助
生年月日 1659年?
没年月日 1739年?
出身 宮城県白石市?
データ
現在の階級 引退
最高位 立行司(木村庄之助)
備考

初代 木村 庄之助(しょだい きむら しょうのすけ、生没年不詳)は、大相撲立行司である木村庄之助の初代とされる人物であるが、実在は疑われる。本名は中立羽左衛門尉清重と伝えられる。

文政10年(1827年)に9代目木村庄之助が幕府へ提出した先祖書によると、初代木村庄之助は以下のように記述されている。

「先祖は真田伊豆守の家来中立羽左衛門と申し、年月不明。御暇を願ひ浪人致し、寛永年間中、本院宮地造営の為、御屋敷様方より力士を相頼み、勧進寄相撲と申始め、右奉加を以て堂宮造営致候儀に有之……」

しかしながら、現在ではその実在を証明できない。木村家文政(1818年 - 1830年)のころに系譜を編纂し、実質的な初代である4代庄之助に3人の先祖を加上した際に加えられた、架空の人物とみなされている[1]

一方、宮城県白石市が発行する広報しろいしでは、以下のように記述されている[2]

▶初代木村庄之助(1659-1739) 行司の最高位である立行司木村庄之助の初代は白石出身、延命寺に眠る。

参考文献

関連項目

脚注

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