木村庄之助 (4代) From Wikipedia, the free encyclopedia 行司名 九重庄之助 → 中立庄之助 → 木村庄蔵 → 4代木村庄之助生年月日 ????年没年月日 1739年現在の階級 引退 4代木村庄之助4th Kimura Shonosuke 基礎情報行司名 九重庄之助 → 中立庄之助 → 木村庄蔵 → 4代木村庄之助生年月日 ????年没年月日 1739年データ現在の階級 引退最高位 立行司(木村庄之助)備考■テンプレート ■プロジェクト 相撲 4代 木村 庄之助(よんだい きむら しょうのすけ、生没年不詳[1])は、大相撲の立行司。江戸相撲草創期の人物で、「木村庄之助」としての活動が確認できる最初の人物であり、実質的な初代である [2]。 宝永5年(1708年)に九重庄之助で差添をつとめたのが初見。同年中に中立姓に改め、中立庄之助と称した。勧進元、差添をたびたび勤めた。享保11年(1725年)に木村庄之助に改める[2]。 史実としての初代であるが、木村家で文政(1818年 - 1830年)のころに系譜を編纂した際に3人の先祖を加上したため、4代目とされる[2]。初代庄之助と3代庄之助は架空の人物とされ、2代庄之助は別系統の行司であった[2]。 参考文献 「相撲」編集部 編『大相撲人物大事典』ベースボールマガジン社、2001年4月1日。ISBN 978-4583036403。 NCID BA51895886。 関連項目 行司 九重 (相撲)、中立 (相撲) - 年寄名跡 脚注 [脚注の使い方] ↑ 「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」によれば、元文4年(1739年)没 1 2 3 4 “木村庄之助(4代)”. 朝日日本歴史人物事典(コトバンク所収). 2014年6月4日閲覧。 外部リンク 世界大百科事典 第2版、百科事典マイペディア、大辞林 第三版『木村庄之助』 - コトバンク 朝日日本歴史人物事典、デジタル版 日本人名大辞典+Plus『木村庄之助(4代)』 - コトバンク この項目は、相撲に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ相撲)。表示編集 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。表示編集 表話編歴立行司木村庄之助 初代 2代 3代 4代 5代 6代 7代 8代 9代 10代 11代 12代 13代 14代 15代 16代 17代 18代 19代 20代 21代 22代 23代 24代 25代 26代 27代 28代 29代 30代 31代 32代 33代 34代 35代 36代 37代 38代 39代 式守伊之助 初代 2代 3代 4代 5代 6代 7代 8代 9代 10代 11代 12代 13代 14代 15代 16代 17代 18代 19代 20代 21代 22代 23代 24代 25代 26代 27代 28代 29代 30代 31代 32代 33代 34代 35代 36代 37代 38代 39代 40代 41代 42代 43代 過去 木村玉之助(10代・11代・12代・13代) 木村清之助 木村瀬平 木村清兼 木村越後 岩井相馬 関連項目 松翁 副立行司 Related Articles