村杉温泉
From Wikipedia, the free encyclopedia
|
| |
![]() | |
| 温泉情報 | |
| 所在地 | 新潟県阿賀野市 |
| 座標 | 北緯37度48分 東経139度17分 / 北緯37.8度 東経139.29度座標: 北緯37度48分 東経139度17分 / 北緯37.8度 東経139.29度 |
| 交通 | 羽越本線水原駅よりバスで約27分 |
| 泉質 | 単純弱放射能温泉[1] |
| 泉温(摂氏) | 25 °C |
| 湧出量 | 自噴374L/分[1] |
| 宿泊施設数 | 7[1] |
| 総収容人員数 | 457[1] 人/日 |
| 年間浴客数 | 29,337人(のべ宿泊者数、2022年度)[1] |
| 外部リンク | 五頭温泉郷旅館協同組合 |
村杉温泉(むらすぎおんせん)は、新潟県阿賀野市(旧国越後国)にある温泉。周辺の出湯温泉、今板温泉と併せて五頭温泉郷(ごずおんせんごう)を構成している。
温泉街
伝説
歴史
江戸期には近郷の湯治場として人々が集まり、宝永四年(1707)には新発田藩主が入浴のため村杉の湯を取り寄せた[8]。「宝永四年(1707)に,新発田藩主がこの地に訪れている」[9]とあるのは誤解。丸山は、湯をわかして入浴する居風呂湯の項で「村杉の端に少し温い水が土の中から涌出て硫黄臭がある、この水を居水風呂桶に入れてこれを湯とし」[10]と紹介している。
1914年(大正3年)に、新潟医学専門学校(現新潟大学医学部)の中山蘭教授が温泉の分析をしたところ、多量のラジウムエマナチオン(現在ではラドンのこと:222Rn)が含有されていることが明らかになった[11]。その後ラジウム温泉の薬効が広く知られるようになったことで自炊湯治の利用が多くなったため、共同浴場の周囲に市場が立つほど賑わった[7]。
1921年(大正10年)には林学者の本多静六が訪れ、「村杉ラヂウム温泉風景利用策」を提案した[12]。
1967年8月29日、羽越豪雨。集中豪雨により旅館・長生館の離れの裏山が崩れ、孫とともに投宿していた佐藤芳男(参議院議員)一家が巻き込まれて死亡した[13]。
村杉ラジウム温泉露天風呂は、温泉地を振興しようというテレビ番組の企画で2002年に作られた。製作に際して松田忠徳が監修をしている。



