東小平駅
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当駅については存在期間が短かったことや戦争をまたいだ影響で資料が極めて乏しく、参謀本部陸地測量部や国土地理院測量の地形図にも正式に駅として掲載されたことがないほどであった。ごくわずかな資料から分かることは以下のとおりである。
位置は新宿線が青梅街道を南東から北西に横切った先、公立昭和病院の西側に位置しており、公立昭和病院では1928年(昭和3年)に開設された時点から駅開設を希望していた、そのためホームの盛土を病院の敷地から提供するなど協力した。
後に旅客ホームから本川越方面に少し離れた先、下り本線の南側に貨物側線が建設されて客貨両用駅となった。ただし貨物といっても通常の貨物ではなく、東京都が戦時中・終戦直後に多摩地域の農村部で肥料として処理してもらうために輸送を委託した都内の糞尿が主な荷であり、同駅は田無駅・東村山駅などとともに貯溜駅に指定され、1944年6月10日より荷卸駅として稼働した[1][3]。専用の貨車で到着した糞尿を貨車の底から線路下の貯溜槽に落としてためており、この当時には近隣の農家が肥桶をリヤカーに積んで受け取りに来たという。
その糞尿輸送は1953年(昭和28年)に中止され、翌1954年(昭和29年)に隣の小平駅に吸収合併される形で廃駅となった。
