沼袋駅
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駅構造
相対式ホーム2面2線とその間にホームのない上下共用の通過線1線を有する地上駅。通過線は上下線共に副本線であり、分岐器通過のために最高50km/hに速度を落として通過する。一日を通して上下線とも優等列車を待避するため2 - 4分程度停車することがある。待避のない列車は通過待ちがなくすぐ発車する旨が放送される。ホーム有効長は8両編成分である。
駅舎は下りホーム側が南口、上りホーム側が北口である。ともに初電から終電まで利用できる。1999年(平成11年)までは北口のみで、南口の営業時間は2010年(平成22年)3月30日までは7:00 - 22:00であった。ホーム間は地下通路により連絡している。
トイレは北口駅舎の改札内にあり、ユニバーサルデザインとしての多機能トイレを併設している。また、北口駅前広場には中野区設置の公衆トイレがあったが2014年5月に取り壊された。
のりば
| ホーム | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| 1 | 上り | 高田馬場・西武新宿方面 | |
| 2 | 下り | 所沢・本川越・拝島方面 |
駅の改築
1983年(昭和58年)6月以前は、現在の下り通過線付近に島式ホームが立地し、内側2線が待避線、外側2線が通過線となっていた。西武新宿駅側には急カーブがあるため、最もカーブのきつくなる下り通過線は、かなりの低速運転を強いられていた[6]。しかし、従来6両編成(一部4両編成)で運行されていた各駅停車をラッシュ時を中心に8両編成での運行へ輸送力を増強する際、当駅でもホーム有効長を8両編成分にすることとしたが、ホームの両端に分岐器があり、単にホームを延伸するだけの工事では対応できなかったため、手狭になった駅本屋の改築と同時に、駅の構造を全て変える大がかりな工事を行うことになった。
- まず、上り通過線(現1番ホーム用の線路)北側の空いていたスペースに有効長6両編成分のホームを建設した。この時から仮駅舎での営業となった。
- 次に、下り通過線を一旦閉鎖し、その場所を2番ホームの用地に充てた。復旧するまで下り列車の待避駅は中井駅、または鷺ノ宮駅に変更された。
- 新しいホームと跨線橋の完成後、上り列車は通過線と待避線を入れ換えた。そして旧ホームと跨線橋を取り壊して更地にしたあと、下り通過線の建設が開始された。
ホームの延伸に伴い、野方寄りの分岐器の位置も、駅前交番の踏切の東側から西側へ移設された。当初の予定では2番ホーム側にも駅舎が設置される予定だったが、諸般の事情で前述の1999年(平成11年)まで延期された。
連続立体交差化計画

中井駅 - 野方駅間約2.4kmの連続立体交差事業の計画が発表され、当駅はその区間に含まれている[7]。2010年2月1日と2月2日に開催された都市計画素案説明会にて、この区間の地下化と当駅を島式ホーム2面4線の形態(有効長:170m)とすることを計画していることが発表された[8][9]。
これに伴い、当駅はほぼ現在の真下、地下約18 - 19m、幅約28 - 36mのトンネル内に移転する。2014年1月に工事を着手した。東京都が、2013年4月1日付で国土交通省から事業の認可を取得した時点では、完了予定日を2021年3月31日としていたが、事業に必要な用地の取得状況により、2027年3月31日に延期された[10]。2025年10月28日に東京都建設局が開催した2025年度第3回事業評価委員会では、用地取得の遅れやシールド掘進計画の見直しにより、事業期間を2033年度に再度延期した[3]。
2017年4月2日より駅構造が前述の通りに変更となった。それまでは外側の待避線2線に相対式ホームを2面有し、内側2線にホームのない本線が通っていた。その下りの本線にホームを移設し、下りの待避線を廃止する形で現在の構造に変更された。
利用状況
2024年(令和6年)度の1日平均乗降人員は18,003人であり、西武鉄道全92駅中53位[西武 2]。
近年の1日平均乗降・乗車人員の推移は下表の通りである。
| 年度 | 1日平均 乗降人員[12] |
1日平均 乗車人員[13] |
出典 |
|---|---|---|---|
| 1990年(平成2年) | 13,614 | [* 1] | |
| 1991年(平成3年) | 13,683 | [* 2] | |
| 1992年(平成4年) | 13,255 | [* 3] | |
| 1993年(平成5年) | 12,732 | [* 4] | |
| 1994年(平成6年) | 12,137 | [* 5] | |
| 1995年(平成7年) | 11,702 | [* 6] | |
| 1996年(平成8年) | 11,605 | [* 7] | |
| 1997年(平成9年) | 22,573 | 11,373 | [* 8] |
| 1998年(平成10年) | 21,706 | 10,904 | [* 9] |
| 1999年(平成11年) | 21,163 | 10,615 | [* 10] |
| 2000年(平成12年) | 20,768 | 10,436 | [* 11] |
| 2001年(平成13年) | 20,640 | 10,394 | [* 12] |
| 2002年(平成14年) | 20,114 | 10,147 | [* 13] |
| 2003年(平成15年) | 19,908 | 10,033 | [* 14] |
| 2004年(平成16年) | 19,600 | 9,882 | [* 15] |
| 2005年(平成17年) | 19,583 | 9,893 | [* 16] |
| 2006年(平成18年) | 19,789 | 10,008 | [* 17] |
| 2007年(平成19年) | 20,227 | 10,246 | [* 18] |
| 2008年(平成20年) | 20,446 | 10,367 | [* 19] |
| 2009年(平成21年) | 20,027 | 10,134 | [* 20] |
| 2010年(平成22年) | 19,465 | 9,858 | [* 21] |
| 2011年(平成23年) | 19,068 | 9,615 | [* 22] |
| 2012年(平成24年) | 19,632 | 9,912 | [* 23] |
| 2013年(平成25年) | 19,720 | 9,984 | [* 24] |
| 2014年(平成26年) | 19,724 | 9,981 | [* 25] |
| 2015年(平成27年) | 20,352 | 10,295 | [* 26] |
| 2016年(平成28年) | 20,389 | 10,337 | [* 27] |
| 2017年(平成29年) | 20,641 | 10,447 | [* 28] |
| 2018年(平成30年) | 20,551 | 10,389 | [* 29] |
| 2019年(令和元年) | 20,290 | 10,235 | [* 30] |
| 2020年(令和2年) | [西武 3]14,956 | ||
| 2021年(令和3年) | [西武 4]15,698 | ||
| 2022年(令和4年) | [西武 5]16,623 | ||
| 2023年(令和5年) | [西武 2]17,330 | ||
| 2024年(令和6年) | [西武 1]18,003 |






