林家三平 (2代目)
日本の落語家、俳優
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二代目 林家 三平(はやしや さんぺい、1970年〈昭和45年〉12月11日 - )は、日本の落語家、俳優。本名は海老名 泰助(えびな たいすけ)。出囃子は『祭りばやし』。『二代 林家 三平』と表記されることもある。
| 二代目 Hayashiya Sanpei the 2nd | |
初代林家三平・林家こん平一門定紋「花菱」 | |
| 本名 | |
|---|---|
| 生年月日 | 1970年12月11日(55歳) |
| 出身地 | |
| 師匠 | 林家こん平 |
| 弟子 | 林家たたみ 林家うどん こばやしけん太 |
| 名跡 | 1. 林家いっ平 (1989年 - 2009年) 2. 二代目林家三平 (2009年 - ) |
| 出囃子 | 祭ばやし 猿鳥 |
| 配偶者 | 国分佐智子 |
| 家族 | 祖父:七代目林家正蔵 父:初代林家三平 母:海老名香葉子 長姉:海老名美どり 次姉:泰葉 兄:九代目林家正蔵 甥:林家たま平 甥:林家ぽん平 |
| 所属 | 落語協会 |
| 公式サイト | 林家三平 OFFICIAL WEBSITE |
| 主な作品 | |
| 『林家三平のおきらく旅』 | |
家族
来歴・人物
東京都立竹台高等学校を経て中央大学経済学部国際経済学科を中途退学[2]。大学在学中、初代三平の惣領弟子で父の死後一門を統率していた初代林家こん平に林家いっ平として入門。1993年 、二つ目昇進。
芸風としては爆笑王である父とは異なり、本格派を指向している。7代目三遊亭円楽、3代目桂春蝶、2代目林家木久蔵、月亭八光との5人の通称『坊ちゃん5』として落語会を開催する等の活動を行っている。後見人として、次姉の元夫である春風亭小朝がいる。
兄の正蔵、甥のたま平と同じくテレビ出演が多く、レポーター業を中心に活躍。2003年の8月27日から29日までフジテレビ『めざましテレビ』の軽部真一(フジテレビアナウンサー)の夏休み代理として、芸能キャスターとして抜擢された[3]。
1999年 、シンガポールで東京の落語家では初となる英語落語を披露。
2005年の大銀座落語祭より中国語落語に挑戦し、2005年秋には中国・青島での高座に上がった。演題は2005年は「時蕎麦」、2006年は「動物園」、2007年は「お菊の皿」。
2011年にTBSの時代劇『水戸黄門』での共演がきっかけで交際していた女優の国分佐智子と結婚し[4]、同年3月22日に婚姻届を提出。
2016年5月29日、日本テレビの長寿演芸番組『笑点』の大喜利コーナーの新メンバーに就任(2515回)[5]。2006年の春風亭昇太加入以来、10年ぶりの新メンバーとなった。これにより今まで共演が少なかった兄弟子の林家たい平と共演する事になった。また、大喜利メンバー加入後は『笑点特大号』の若手大喜利で司会を務めることもあった。また、甥のたま平(泰良)も若手大喜利に不定期出演しており、たびたびたま平とも共演していた。
2019年、初の弟子が入門し、前座名を「林家たたみ」と命名する(2021年5月より楽屋入り)。
2021年12月26日をもって、5年7ヶ月の間レギュラーを務めた「笑点」を降板[6]。
2023年、二番弟子が入門し、前座名を「林家うどん」と命名する(2024年6月より楽屋入り)。
襲名
2009年3月21日、鈴本演芸場で2代目を襲名。以後、全国各地で襲名披露興行を催行。
これに先だって同年3月8日に両国国技館で三平襲名記念公演「日本全国感謝の会」を開催。
- 司会は徳光和夫、小島奈津子。
- 出演者はビートたけし、松坂慶子、舘ひろし、師匠のこん平をはじめ、林家木久扇、三遊亭楽太郎、三遊亭小遊三、立川志の輔、春風亭小朝、春風亭昇太、笑福亭鶴瓶、柳家花緑などが出席した。
- 来賓者あいさつでたけしに「小朝の魔の手から逃れ、金とコネだけで見事、三平を勝ち取った」と言われた。これを舞台袖で聞いていた母の香葉子は、たけしの毒舌のあいさつにただ笑っていたという。
- 会場に両国国技館が選ばれたのは、第65代横綱であった貴乃花部屋師匠 貴乃花光司の勧め。両国国技館でこのようなイベントが開催されるのは初めてであり、日本相撲協会も協力していた。また、石原裕次郎が初代三平と親交が深かった事から石原プロモーションも製作協力をしている。
エピソード
- 子供時代(素人時代)、毎年5月に、神奈川県横浜市で開催の「横浜みなと祭国際仮装行列」をテレビ中継放送するテレビ神奈川(tvk)の番組に、ゲストとして母親と姉2人や兄が出演した時期の数年、一緒に出演していた事もある(後年、母親と子供時代(素人時代)にゲスト出演した時期も数年あった)。
- 伊集院光とはマネージャーが同じだったことがあり、親しくしている。
- こん平一門に正式に入門するまでは豆三平などの名前で高座に上がった。兄の正蔵は小三平という名前で、甥のたま平(兄・正蔵の長男)もこぶたという名前でそれぞれ入門前から高座に上がっている。
- 大学在学中の1992年に、初代の声をサンプリングし、ハウスミュージックに乗せたCD「Jungle House 3 Gas」をプロデュースした。(ジャングル・ハウス・スリー・ガス。初代が高座でくすぐりとしていたネタで、「林・家・三・屁」の直訳)。
- 女優の坂井真紀は中学生時代の同級生にあたる。一時期、坂井に恋心を抱いたときもあったという[7]。
- 5代目三遊亭圓楽は一門以外にはほとんど稽古を付けなかったが、三平(当時・いっ平)に対しては一度だけネタの「お血脈」の稽古をつけた。数時間を越える稽古であらすじだけでなく、5代目圓楽による芸談や、お血脈のあらすじの元となっている仏教の血脈話を教わることになった(5代目圓楽は寺の息子で、仏教に詳しいため)。くすぐりなどは小朝に稽古を付けてもらった。5代目圓楽に付けてもらった稽古をテープに録音しており、三平自身の宝物になっている。
- 趣味はサーフィンなどを挙げている。
- 特殊な持ちネタとして、「出征祝」[注釈 1]を持つ。祖父七代目正蔵が太平洋戦争中に「禁演落語」に代わる「国策落語」の一つとして創作したネタであり、2016年3月1日に三平によって約70年ぶりに口演された[8][9]。松村克弥が監督を務めた2015年の映画「サクラ花 桜花最期の特攻」に三平が出演した縁で、2017年には父が軍隊生活を送っていた銚子で映画との併演の形で[10]、2019年には長崎原爆資料館にて松村とのトークショーと合わせる形で[11]、それぞれ口演している。
- 昭和45年生まれの4人・林家きく姫、三代目古今亭圓菊、三遊亭金八と共に「笑いの45口径」という落語会をやっていた。
笑点メンバーとして
- 新司会・新メンバー発表の2ヶ月前の3月に日本テレビに呼ばれ、自身が新メンバーに内定したことを伝えられる。これらの事は家族にも口出ししてはいけない程の機密事項だったため(破った場合は、内定取り消しだったとのこと)、初出演となる5月29日の生放送当日はNHKの番組のロケと偽って家を出ており、登場時の挨拶で(今回のメンバー就任は)家族はおろか妻の佐智子にも黙っていた事を話している。発表後は家族から今まで黙っていた事を怒られるのではと恐れていたが、実際は当日帰宅後にメンバー入りを家族から大いに祝福されたという[12]。
- 答えを噛む・ウケずに客席が沈黙状態になる(スベる)事が多く[注釈 2]、両隣の木久扇や円楽から「三平はつまらない」と非難される事が多かった。
- たびたび、隣の木久扇にネタを振ったり[注釈 3]、母・香葉子の圧力など自身の家族である海老名家のネタを言う事があった。
- 昇太が結婚する以前は、愛妻・家族愛ネタを多用して(嫉妬の意も込めて)座布団を没収される事が多かったが、昇太が結婚してからは多用はしなくなり、愛妻回答も理解されていた。
- 2020年8月23日の『24時間テレビ43』にて生放送で行われたチャリティー大喜利は、扁桃腺の腫れにより休演[注釈 4]。また、同番組で行われたKing & Princeのダンス企画にも昇太・たい平・山田隆夫とともに参加する予定で練習も行っていたが、こちらも参加を辞退することとなった。
- 2021年12月19日放送分のエンディングにて、「自分のスキルを磨き直す」ことを理由に、同年内で『笑点』を降板することを発表[13]。そして、翌週12月26日放送分が最後の出演となり、同日をもって降板した。
- 番組の連動データ放送実装後、面白いと思ったメンバーに座布団をあげ、面白くないと思ったら取り上げる視聴者投票で毎回のように座布団0枚を記録したこと、座布団10枚獲得が一度もなかったことから、一部メディアからは「事実上の解任」という見解が為された[14][15]。
- 兄弟子の林家たい平からは「(コロナ禍におけるリモート収録による)無観客でも(三平の回答は)つまらない」「(アドバイスを送ったところで)言われてできるってもんでもない」、東西大喜利で共演していた笑福亭鶴光からも「人と協調することに慣れてない」などと評価は低く[16]、6代目円楽からは「アドバイスを送っても三平は人の話を聞かないから信用できなくなった」などと酷評されてしまうなど、笑点メンバーとの息が合わなかった事も降板の原因の一つとなっている[17]。
- 三平は降板理由について、後日出演した「徹子の部屋」では「未熟な自分はもっと人生経験を積んで勉強する必要があると感じたから」[18]、別のラジオ番組では「息子のため」と語った[19]。
- 上記の通り、5年7カ月の出演の中で座布団10枚は一度も達成できず(本人も大喜利でネタにしていた)、最後の出演となった2021年12月26日放送分でも最終的には座布団9枚だったが、司会の昇太は花道を飾るべく、最後に三平以外のメンバーの座布団を全部取り上げて、「今回一番座布団が多かったのは三平」という粋な演出で番組を締め括った[20]。
弟子
主な持ちネタ
主な出演
テレビ番組
- 『アルフィーのある日ィ突然!』(1984年8月3日、TBS):中学時代の坂崎幸之助役として本名でコントドラマに出演し、小咄を披露。
- 『GAME JOCKEY2』(BSジャパン):テレビ東京「ファミっ子大集合」から続くゲーム紹介番組。小出由華と共演。ゲーム王国から継続出演
- 『BSどーもくんワールド 』 (2002年 - 2005年、NHK BS2)
- 『BiKiNi』(1996年10月 - 1999年3月、テレビ東京)
- 『しぜんとあそぼ』 (NHK教育):ナレーション
- ネプリーグ (フジテレビ)
- 『NHKアーカイブス』(2008年4月、NHK総合):NHKアナウンサーの桜井洋子と共に司会を担当。
- 日本史サスペンス劇場 再現ドラマ 徳川家定役(2008年10月15日、日本テレビ)
- 『海老名さん家の茶ぶ台』(2011年10月26日 - 2012年3月、TBS系):妻・佐智子、母・香葉子と共にレギュラー出演。
- 『笑点』(2016年5月29日 - 2021年12月26日 、日本テレビ)
- 『真麻のドドンパッ!』(2016年10月 - 2017年9月、BS日テレ)- 「林家三平の下町グルメ」のコーナー担当(木曜レギュラー)
- 趣味どきっ!『明日使える!お弁当大百科』(NHK Eテレ、2017年2月・3月期) - 司会
- 『林家三平のおきらく旅』(BSJapanext、2022年3月29日 - 2022年9月27日) - 冠番組だった。[29]
- 『呼び出し先生タナカ』(フジテレビ) 不定期出演
- 『堀潤モーニングFLAG』(2023年- 不定期、TOKYO MX)
テレビドラマ
- ドラマ新銀河(NHK総合)
- 湯の町行進曲(1994年)- 福本新太 役
- 小京都ミステリーシリーズ(2000年1月11日放送の第27作に桜木浩哉という役名でゲスト出演)
- 『課長島耕作2〜香港の誘惑〜』(2008年10月1日、日本テレビ)
- 『水戸黄門』(2009年7月 - 2011年12月、TBS)ちゃっかり八兵衛(第40部 - 第43部)
- 『鬼平外伝 夜兎の角右衛門』(2011年1月3日、スカパー!・時代劇専門チャンネル)- 清太郎
- 『大江戸捜査網2015〜隠密同心、悪を斬る!』(2015年1月2日、テレビ東京)- 善太
- 『匿名探偵』最終話(2014年9月5日、テレビ朝日)- 城ヶ崎晃
- 4K大型時代劇スペシャル 紀州藩主 徳川吉宗(2019年2月8日、BS朝日) - 豆知識の案内人[30]
- 警視庁ひきこもり係(2021年8月5日、テレビ朝日) - 天野譲治 役
- 嫌われ監察官 音無一六 season1 第7話(2022年6月17日、テレビ東京)- 小林武信 役
- 警視庁追跡捜査係-交錯-(2023年8月7日、テレビ東京) - 有賀浩介 役
- Qrosの女 スクープという名の狂気 第4話(2024年10月28日、テレビ東京) - 梶尾マネージャー 役[31]
- プライベートバンカー 第8話(2025年2月27日、テレビ朝日) - 天宮寺丈洋の担当医 役
- 大河ドラマ べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜(2025年3月23日 - 、NHK) - 豪商 役
- レプリカ 元妻の復讐 第10話・第11話(2025年9月8日・15日、テレビ東京) - 真部 役
テレビCM
ラジオ番組
ラジオドラマ
- 青春アドベンチャー 『しゃべれども しゃべれども』(1999年4月12日 - 30日、NHK-FM) - 主演・今昔亭三つ葉(外山達也) 役[33]
劇場アニメ
- がんばれ!ジャイアン!!(2001年) - (初代)林家三平 役
- あした元気にな〜れ! 〜半分のさつまいも〜(2005年) - 大兄ちゃん(忠吉) ※この映画は母・香葉子の空襲体験を基にした絵本が原作となっている。
映画
- サクラ花 -桜花最期の特攻-(2015年)[11]
- 名医死す〜感染症と闘った藤野昌言物語〜(2021年) - 案内人
Vシネマ
- 血塗れの報復(2013年) - ヒットマン(山神組但馬会)
- 暴力水滸伝(2014年)全2作 - 三ノ輪泰(高校歴史の家庭教師)
- YOKOHAMA BLACK3,4(2017年) - 朴(闇医者)
DVD
英語落語のDVDと、公共機関広報のDVDとが出ている。
演じた俳優
- 吉田紀人『ことしの牡丹はよいぼたん』(1983年、フジテレビ)

