大谷幸輝

From Wikipedia, the free encyclopedia

愛称 コウキ
カタカナ オオタニ コウキ
ラテン文字 OTANI Koki
国籍 日本の旗 日本
大谷 幸輝
名前
愛称 コウキ
カタカナ オオタニ コウキ
ラテン文字 OTANI Koki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1989-04-08) 1989年4月8日(37歳)
出身地 熊本県熊本市北区
身長 186cm
体重 90kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 ギラヴァンツ北九州
ポジション GK
背番号 31
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2008-2016 日本の旗 浦和レッズ 0 (0)
2014 日本の旗 ギラヴァンツ北九州(loan) 42 (0)
2017-2020 日本の旗 アルビレックス新潟 79 (0)
2021-2023 日本の旗 北海道コンサドーレ札幌 7 (0)
2024- 日本の旗 ギラヴァンツ北九州 6 (0)
代表歴2
2009  日本 U-20 1 (0)
2010  日本 U-21 3 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2025年12月1日現在。
2. 2009年7月24日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

大谷 幸輝(おおたに こうき、1989年4月8日 - )は、熊本県熊本市北区出身のプロサッカー選手Jリーグギラヴァンツ北九州所属。 ポジションはゴールキーパー

浦和レッズ

高校時代は、地元熊本を離れ浦和レッズユースに所属。同期は林容平、矢部雅明[1]。2005年8月26日、GK徳重健太神戸移籍に伴いトップ登録[2] され、2006年には都築龍太加藤順大の2人が相次いで故障した影響で2006年5月7日第12節鹿島アントラーズ戦で初のベンチ入りを果たした。(結局この年はリーグ戦で1試合、ナビスコカップで2試合ベンチ入りした。)

その後、2007年も同様にユース所属のままトップチームに帯同し、2008年よりトップチームに昇格。しかし、都築、山岸範宏という壁に阻まれてベンチ入りすら出来ない状態が続いていた(サテライトで1試合のみ出場)。

2009年5月にはU-20ジャパンズエイトの参加メンバーに、チームメイトの橋本真人永田拓也とともに選出され[3]、ベストGKに選ばれている[4]。その後、5月30日ナビスコカップ第4節アルビレックス新潟戦において自身3年振りとなる公式戦ベンチ入りを果たし、7月23日7月31日から8月7日まで韓国水原で開催された水原国際ユースに出場したU-20日本代表には、ユースの後輩でチームメイトの永田とともに選出された[5][6]

2010年5月にU-21日本代表に選出され、トゥーロン国際大会に2試合出場した[7]。この影響もあり、この期間に行われていたナビスコカップに出場することは出来なかったが、リーグ戦再開後は基本的に公式戦の控えGKは加藤順大と大谷のローテーションで回された影響で、前年までに比べるとベンチ入り数は増加した。

2011年は加藤、山岸範宏の二人に次ぐ第3GKの枠から抜け出すことが出来ず、ベンチ入り数もこの年は少ないシーズンになった。

2012年はリーグ戦1試合、ナビスコ杯4試合、天皇杯1試合にベンチ入りしたが、試合には一度も出場できなかった。

ギラヴァンツ北九州(期限付き移籍)

2014年はJ2のギラヴァンツ北九州へ期限付き移籍[8]。正ゴールキーパーとしてリーグ戦42試合フル出場を果たし、北九州のJ2・5位に貢献した[9]

浦和レッズ復帰

2015年は浦和レッズに復帰。第2GKとして公式戦にベンチ入りを果たすとAFCチャンピオンズリーグ第6節ブリスベン・ロアーに出場、これが浦和レッズとして公式戦初出場初スタメンまた初勝利と初物づくしとなった。

2016年は決勝トーナメントから出場したルヴァンカップの準々決勝と準決勝の4試合にスタメン出場。随所で決定的なシュートを防ぐなど決勝進出に貢献した。

アルビレックス新潟

2017年シーズンよりアルビレックス新潟へ完全移籍[10]守田達弥と正GKの座を争いリーグ戦に23試合に出場したが、チームはJ2へ降格した。

2018年アレックス・ムラーリャと正GKの座を争いリーグ戦14試合に出場した。

2019年はチームの正GKとしてリーグ戦全42試合に出場した。なお、最終節のV・ファーレン長崎戦において、後半アディショナルタイムにこの年退団する野澤洋輔と交代したため、全試合フル出場とはならなかった。

2020シーズン、藤田和輝の台頭と新加入の小島亨介がポジションを争ったため、第3GKに降格し、ベンチ入りも厳しくなったためシーズン通して出場は無く、シーズン終了後に契約満了が発表された[11]

北海道コンサドーレ札幌

2021シーズンより、北海道コンサドーレ札幌に完全移籍[12]

加入直後はベテラン菅野孝憲や若手の中野小次郎に次ぐ3番手であり、ベンチ入りも厳しかったが、中野が怪我で離脱するとベンチ入りの機会も増えルヴァンカップ第3節の鹿島アントラーズ戦では加入後初出場を果たした。その後もカップ戦で主に出場機会を得て、結果4試合に出場した。

2022年3月19日、J1リーグ第5節のセレッソ大阪戦で先発に抜擢され、加入後リーグ戦初出場を果たした。

2023年12月5日、契約満了が発表された。

ギラヴァンツ北九州

2023年12月26日、ギラヴァンツ北九州へ完全移籍することが発表された[13]。2014年に浦和から期限付き移籍で1年所属して以来10シーズンぶりの復帰となる。

2024年はリーグ戦6試合、YBCルヴァンカップ1試合、天皇杯2試合の9試合出場にとどまる。

2025年は主に前半戦は磐田から期限付き移籍した杉本光希、後半戦は田中悠也が正GKを務めたこともあって、リーグ戦、YBCルヴァンカップ、天皇杯各1試合で控えに入ったのみにとどまり、新潟時代の2020年シーズン以来5シーズンぶりに公式戦出場0となった。

人物

選手名鑑用アンケートの「私はチームで一番○○なはず」という設問に「ももクロが好きなはず」と答えるなど、ももいろクローバーZの熱狂的ファンであることを公言。「今一番欲しいもの」に「ももクロのグッズ(オリジナルで作りたい)」と挙げるなど徹底している[14]

有安杏果(緑色)推しとして知られ、浦和レッドダイヤモンズ在籍時、全身緑色の姿でライブ会場に向かうところをチームメイトに撮影されたことがある[15]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2008浦和29J100000000
200900000000
201000000000
20112500000000
201200000000
201300000000
2014北九州1J2420-40460
2015浦和15J100201030
201600401050
2017新潟12301000240
2018J21403020190
2019420-00420
202000--00
2021札幌22J100400040
202240201070
20234830302080
2024北九州31J360102090
202500000000
通算日本J1 30016050510
日本J2 98030601070
日本J3 60102090
総通算 13402001301670

その他の公式戦

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 期間通算
出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 期間通算
2026北九州31J2・J3
通算日本J2.J3
総通算
国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2008浦和2500
201300
20151510
201600
通算AFC10

タイトル

浦和レッズ

代表歴

  • U-16日本代表候補
  • U-20日本代表
    • 2009年 水原国際ユース
  • U-21日本代表
    • 2010年 トゥーロン国際大会

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI