柴田大知

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1977-06-18) 1977年6月18日(48歳)
身長 158.0cm
柴田大知
第61回七夕賞優勝騎手インタビュー後
(2025年7月13日)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 栃木県宇都宮市[1]
生年月日 (1977-06-18) 1977年6月18日(48歳)
身長 158.0cm
体重 49.0kg
血液型 B型
騎手情報
所属団体 日本中央競馬会(JRA)
所属厩舎 フリー
初免許年 1996年
免許区分 平地・障害[2]
重賞勝利 19勝(中央16勝、地方3勝)
G1級勝利 中山グランドジャンプ(2011年・2012年)
NHKマイルカップ(2013年)
通算勝利 12524戦549勝(中央)
329戦25勝(地方)
経歴
所属 美浦栗田博憲(1996.3 - 1997.10)
美浦・フリー(1997.10 - 2006.9.12)
美浦・岩戸孝樹(2006.9.13[3] - 2008.2.18)
美浦・フリー(2008.2.19[4] - )
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柴田 大知(しばた だいち、1977年6月18日 - )は日本中央競馬会(JRA)美浦トレーニングセンター所属の騎手双子の弟・柴田未崎もJRAの元騎手[1]。同期には福永祐一和田竜二らがおり、競馬学校花の12期生のひとりである。

小学5年生の時、弟の未崎と共にJRA宇都宮育成牧場[5]で乗馬を開始[6]。当初から騎手という職業には惹かれていたが競馬そのものにさほどの関心はなく、ともに宇都宮育成牧場に所属していた4歳年上の小林淳一競馬学校に合格したことで、初めて競馬学校の存在を知ったほどだった[7]。そして小林がJRA騎手としてデビューを果たしたのを契機に、自身も騎手になろうという決意を固める。また弟の未崎も同じ進路を歩むが2人して相談するでなく、自然と同じ志を抱くようになっていたという。

入学当初は成績が芳しくなかった大知であったが卒業時には上位2・3番目[8]にまで挽回する盛り返しを見せたものの、大知のいた12期生は後に「花の12期生」と称されるもデビュー当時は傑出した騎手候補生がなく、所属先の厩舎がなかなか決まらない者もいた。大知もまたその1人であったが、最終的に美浦の栗田博憲厩舎に決まり、1996年3月、未崎と揃って騎手デビューを果たす。

JRA史上初の双子騎手[1][9]、さらに双子でふたご座ということも話題を集め、デビュー当時多くのマスコミから注目を集めたが、大知は「結果も出していないのに双子というだけで騒がれるのは嫌だった」とコメントを残している。

同期の福永がデビュー2連勝を飾る中「自分は自分」とマイペースで進め、3月31日に初勝利を記録[6]8月3日には双子ワンツーフィニッシュ(1着・未崎、2着・大知)を飾り、デビュー年は27勝を挙げ民放競馬記者クラブ賞を受賞した。

2年目の1997年6月29日ラジオたんぱ賞エアガッツで制して重賞初勝利。しかしこの重賞勝利の直後に、当時の師匠である栗田の反対を押し切って競馬新聞記者との結婚を強行し、これが原因で栗田厩舎から解雇処分(破門)されてしまいフリーの騎手となった。この事件を境に騎乗数が減り始め、次第に勝てなくなり、周囲からは調教助手への転進を進める声も出るほどだった[10]。しかし、栗田とは後に和解し、同厩舎の所属馬であるマイネルハニーの主戦騎手になった。

2003年以降は、勝利数がひと桁台にまで落ち込む。2005年12月10日、騎乗数確保のため障害競走に初騎乗[10]。以後、平地競走・障害競走の双方で騎乗するようになる。2010年7月10日、ディアディアーで福島ジャンプステークスを勝ち、障害オープン特別競走初勝利、並びに前述のラジオたんぱ賞以来となるオープン競走勝利を挙げた。

平地競走では2006年から2008年まで平地競走勝ち鞍ゼロと大苦戦するが、2008年8月3日新潟競馬第11競走の北陸ステークスでダイイチミラクルに騎乗して2着に入り、それを機にミルファームの所有馬に騎乗するようになる。そしてミルファーム代表の清水敏が以前ビッグレッドファームに勤務していたことで、その縁は岡田繁幸にまで広がり、マイネル軍団の馬にも騎乗するようになった[11]

2011年6月11日マジェスティバイオ東京ジャンプステークスを勝ち、障害重賞初勝利、14年ぶりの重賞勝利を果たす。7月2日マイネルネオス中山グランドジャンプを勝ち、GI(J・GI)初制覇。勝利騎手インタビューでは「騎手を辞めなくてよかったです」と語り、涙を流す一面もあった。この勝利を機にマイネル軍団からの騎乗依頼はさらに増え、2006年に52回まで落ち込んだ騎乗回数が、この年はデビュー以来最多となる493回に伸びた[12]

2012年3月4日コスモオオゾラ弥生賞を勝ち、5362日ぶりの平地重賞勝利を収めた。これはグレード制導入(1984年)以降、最長間隔での勝利となった[13]。またその騎乗ぶりを岡田は「好位にとりついて、なだめるのがうまい」と称賛した[14]4月14日、マジェスティバイオで中山グランドジャンプを勝ち、同競走連覇を達成した。

2013年5月5日に10番人気のマイネルホウオウNHKマイルカップに勝ち、自身200勝目を平地GI初勝利で飾った[6]1984年のグレード制導入(障害のグレード制導入は1999年)以後、平地・障害両方のGIを制した騎手は熊沢重文以来、史上2人目の快挙達成となった[6]。年間騎乗数も858回となり過去最高となった。2014年以降は障害競走に騎乗しなくなった。

これ以降マイネル軍団の主戦騎手としての地位を確固たるものにし、その後もマイネルラクリマやマイネルフロストで重賞を制覇。岡田自らが所有する地方所属馬のプレイアンドリアルで京成杯を、トラスト札幌2歳ステークスを勝利している。また2018年カペラステークスでは代打としてコパノキッキングに騎乗、同馬を勝利に導いている。

2021年1月5日、中山競馬第12競走を勝利し、史上101人目のJRA通算500勝を達成した。

2024年2月10日、東京2Rのマイネルメダリオンで、史上36人目(現役21人目)の1万2000回騎乗を達成した[15]

主な騎乗馬

騎乗成績

内容日付競馬場・開催競走名馬名頭数人気着順

初騎乗1996年3月2日1回中山3日1R4歳未勝利フジノコハギ16頭43着
初勝利1996年3月31日2回中山4日5R4歳未勝利ライトオンファイア16頭11着
重賞初騎乗1996年8月25日4回中山6日11R新潟記念シャルムダンサー11頭1011着
重賞初勝利1997年6月29日1回福島6日11Rラジオたんぱ賞エアガッツ9頭31着
GI初騎乗1997年4月6日2回阪神6日10R桜花賞グランシェール18頭1216着
GI初勝利2013年5月5日2回東京6日11RNHKマイルカップマイネルホウオウ18頭101着

初騎乗2005年12月10日5回中山3日5R障害3歳上未勝利ミラクルコジーン14頭119着
初勝利2008年1月12日1回中山3日4R障害4歳上未勝利ジンデンバリュー14頭71着
重賞初騎乗2006年6月10日3回東京7日9R東京ハイジャンプファインピーク14頭97着
重賞初勝利2011年6月11日3回東京7日8R東京ジャンプSマジェスティバイオ14頭81着
JGI初騎乗2010年12月25日5回中山7日10R中山大障害マイネルネオス12頭53着
JGI初勝利2011年7月2日3回中山5日11R中山グランドJマイネルネオス12頭21着
年度平地競走障害競走
1着2着3着騎乗数勝率連対率複勝率1着2着3着騎乗数勝率連対率複勝率
1996年272532350.077.149.240-
1997年291829336.086.140.226-
1998年111719315.035.089.149-
1999年10917253.040.075.142-
2000年91922293.031.096.171-
2001年111516291.038.089.144-
2002年1089239.042.075.113-
2003年546197.025.046.076-
2004年5107135.037.111.163-
2005年32598.031.051.1020003.000.000.000
2006年00113.000.000.07705439.000.128.231
2007年00012.000.000.00001442.000.024.119
2008年01022.000.045.04512250.020.060.100
2009年13171.014.056.07010145.022.022.044
2010年4128185.022.086.13023335.057.143.229
2011年152327453.033.084.14355340.125.250.325
2012年384136715.053.110.16133121.143.286.333
2013年434961854.050.108.1790104.000.250.250
2014年504754855.058.113.177-
2015年394466867.045.096.172-
2016年567261856.065.150.221-
2017年475361811.058.123.199-
2018年304958812.037.097.169-
2019年183345661.027.077.145-
2020年262531556.047.092.147-
2021年173628522.033.102.155-
2022年122336511.023.068.139-
2023年 8 11 23 397 .020 .048 .106 -
2024年 8 8 13 374 .021 .043 .078 -
中央53265777212054.044.099.162122018279.043.115.179
地方253242329.076.167.295
海外0001.000.000.000
  • 100勝 2002年2月10日 小倉9R 山国川特別・ブラインドタッチ
  • 200勝 2013年5月5日 東京11R NHKマイルカップ・マイネルホウオウ
  • 300勝 2015年8月2日 新潟3R 3歳未勝利・コスモナオス
  • 400勝 2017年7月1日福島11R サラ2歳未勝利・コスモイグナーツ
  • 500勝 2021年1月5日 中山12R 4歳以上2勝クラス・レオンドーロ

JRA騎手名鑑、地方成績のウマニティより)[16][17]

表彰歴

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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