桧井保孝
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フォーミュラカー
1988年にFJ1600でレースデビューし、1990年には、バブル景気の真っただ中で40台近い参戦台数を数えた全日本F3選手権にステップアップし、最高位8位を記録。「インターナショナルF3リーグ」にも参戦した。
1991年に渡英し、イギリス・フォーミュラ・ボクスホールに参戦。1992年に全日本F3選手権に復帰し、開幕戦で3位に入り初表彰台を獲得。10月のF1日本グランプリのサポートレースでは2位を獲得。また、前年に続いて「インターナショナルF3リーグ」にも参戦した。
1993年、中嶋企画(PIAAナカジマレーシング)に移籍し、国内のトップカテゴリーである全日本F3000選手権にステップアップ。レイナード93D/94D 無限をドライブし1994年までの2シーズン参戦、最高位4位を記録した。2シーズンともにチームメイトは影山正彦であった。
ツーリングカー
1995年以後は、全日本ツーリングカー選手権(JTCC)にUNICORSEアルファロメオ155で参戦したほか、N1耐久(現スーパー耐久)にも参戦した。2018年はスーパー耐久・ST-3クラスに参戦。
GTカー
1996年に全日本GT選手権(現SUPER GT)に参戦。1998年より毎年参戦をする。また2002年から2005年は、タツノコプロとのコラボレーションによってアニメ「マッハGoGoGo」の主人公である三船剛の名前で活動するようになった。マシンは、モスラーMT900RとVEMAC RD320R、フェラーリ・360モデナで、この間に乗った車は全てマッハ号カラーに彩られた。

2006年からは、占い師の鑑定で「本名に戻した方がいい」といわれ、再び本名でレース活動を行う事になった。その初戦となった開幕戦で優勝を飾る。
この勝利は桧井本人の初優勝だけでなく、所属チームのJLOCの初優勝、チームメイトであるマルコ・アピチェラのSUPER GT初優勝、ランボルギーニにおける、選手権がかかるカテゴリーにおける世界初優勝と初尽くしの優勝となった。
2007年にはJLOCからル・マン24時間レースに参戦。同チームからはSUPER GTにも参戦した。その後もスーパー耐久をはじめとする国内外の数々のレースに参戦し、2017年現在は「グローバルMX-5カップ・ジャパン」などに参戦している。