森下仁之

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カタカナ モリシタ ヒトシ
ラテン文字 MORISHITA Hitoshi
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1967-12-09) 1967年12月9日[1]
森下 仁之
名前
カタカナ モリシタ ヒトシ
ラテン文字 MORISHITA Hitoshi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1967-12-09) 1967年12月9日[1]
出身地 静岡県浜松市
没年月日 (2025-06-25) 2025年6月25日(57歳没)
選手情報
ポジション MF
ユース
1983-1985 日本の旗 浜名高校
1986 日本の旗 国士舘大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1987-1996 日本の旗 PJM / 鳥栖フューチャーズ
監督歴
2002-2006 日本の旗 コンサドーレ札幌U-15
2012-2016 日本の旗 ツエーゲン金沢
2017 日本の旗 九州産業大学
2018 日本の旗 ギラヴァンツ北九州
2019 日本の旗 FCバレイン下関
2020-2024 日本の旗 北海道コンサドーレ札幌U-18
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

森下 仁之(もりした ひとし、1967年12月9日 - 2025年6月25日)は、静岡県浜松市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。

国士舘大学を中退し、1987年に発足したPJMフューチャーズ(1995年に鳥栖フューチャーズへ改称)に入団。チームが解散した1996年に現役を引退した。

1997年より母校の静岡県立浜名高等学校のコーチに就任。2001年よりコンサドーレ札幌U-15コーチに、2002年に札幌U-15監督にそれぞれ就任。2007年に札幌の育成部部長を務めた。2008年、ジュビロ磐田U-15コーチに就任。

2009年アビスパ福岡トップチームヘッドコーチに就任。同年11月18日から2011年まで福岡のチーム統括部長を務めた。

2012年よりツエーゲン金沢の監督に就任[2]2014年にはJ3リーグで優勝し、金沢をJ2リーグ昇格に導いた。2016年をもって監督を退任した[3]

2017年九州産業大学サッカー部の監督に就任[4]

2018年ギラヴァンツ北九州の監督に就任[5]。しかし、シーズン開幕後にJ1・J2経験のある外国人FW2名を補強するなどしたにもかかわらず、第12節終了時点でチームは最下位に転落、ホーム・ミクニワールドスタジアム北九州でリーグ戦6戦全敗であった事など成績不振を理由として、リーグ戦4連敗を喫し通算2勝2分9敗となった第14節終了後の6月17日に解任された[6]

2019年中国リーグに参戦するFCバレイン下関の監督に就任した[7]。2020年1月20日、北海道コンサドーレ札幌U-18の監督に就任すると発表された[8]

2025年シーズンからFC町田ゼルビアアカデミーヘッドコーチを務めていたが[9]、6月25日、自宅で[10]死去[11]57歳没

所属クラブ

指導歴

タイトル

監督時代

ツエーゲン金沢

脚注

関連項目

外部リンク

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