石丸清隆

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カタカナ イシマル キヨタカ
ラテン文字 ISHIMARU Kiyotaka
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1973-10-30) 1973年10月30日(52歳)
石丸 清隆
名前
カタカナ イシマル キヨタカ
ラテン文字 ISHIMARU Kiyotaka
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1973-10-30) 1973年10月30日(52歳)
出身地 大阪府交野市
身長 175cm
体重 70kg
選手情報
ポジション MF
ユース
1986-1991 日本の旗 枚方FC
1992-1995 日本の旗 阪南大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1996-2000 日本の旗 アビスパ福岡 120 (9)
2001-2005 日本の旗 京都パープルサンガ 124 (5)
2005 日本の旗 愛媛FC (loan) 6 (1)
2006 日本の旗 愛媛FC 31 (1)
通算 281 (16)
代表歴
1995 日本の旗 ユニバーシアード日本
監督歴
2010-2012 日本の旗 愛媛FCユース
2013-2014 日本の旗 愛媛FC
2015-2016 日本の旗 京都サンガF.C.
2020-2021 日本の旗 モンテディオ山形
2022-2025 日本の旗 愛媛FC
2025- 日本の旗 FC岐阜
獲得メダル
男子 サッカー
ユニバーシアード
1995サッカー
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

石丸 清隆(いしまる きよたか、1973年10月30日 - )は、大阪府交野市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー(MF)。

選手時代

小学2年の時に中宮JSCでサッカーを始め、中学・高校時代は枚方FCに所属した[1]。。高校卒業後は阪南大学に進学してサッカー部に入部。1年時の1992年にはユース日本代表に選ばれた。4年時に1995年夏季ユニバーシアードのサッカー日本代表に選ばれ、同大会での日本の初優勝に貢献。

1996年に大学を卒業し、Jリーグのアビスパ福岡に入団。1年目から主力選手として活躍した。1998年末のJ1参入決定戦にも5試合全てに出場し、コンサドーレ札幌との第三代表決定戦の第2レグではJ1残留を決定つけるゴールを挙げた。

2001年に京都パープルサンガ(現:京都サンガF.C.)に移籍。前年まで三浦知良が付けていた背番号11を与えられ、同年のJ1昇格に貢献。2003年は背番号を6に変更の上で主将に就任し、2004年まで務めた。

2005年はコンスタントに出場を続けていた前年までと打って変わって出場機会を失い、10月28日にJFL愛媛FC期限付き移籍[2]。12月4日までの1か月余りと異例の短期契約であったがクラブのJ2昇格に貢献した。シーズン終了後に京都から戦力外通告を受けたのに伴い愛媛に完全移籍[3][4]2006年は主に途中出場で活躍し、この年限りで現役引退した。

指導者時代

引退後は愛媛に指導者として留まり、2007年から3年間はトップチームのコーチ、2010年からの3年間はユース監督を務め、2010年にはS級ライセンスを取得した。2013年からトップチームの監督を務めた[5]

2015年から京都のトップチームコーチに就任[6]、同年7月、和田昌裕が解任されたことに伴い監督に昇格した[7]。2016年シーズンはJ2リーグ5位の成績を収めたが、J1昇格プレーオフ準決勝で敗退。来季まで契約が残っていたが[8]、同年12月6日に解任された[9]。2017年から松本山雅FCのトップチームコーチに就任した[10]

2020年よりモンテディオ山形の監督に就任すると発表された[11]。2021年シーズンも引き続き続投となったが、第9節終了時点で1勝4敗4引き分けの20位と成績が振るわず、2021年4月22日に成績不振を理由にモンテディオ山形の監督を解任された[12]

2021年12月17日、愛媛FCの監督に8年ぶりに就任した[13]。就任1年目こそ昇格を果たせなかったが、2年目には圧倒的な強さでJ3優勝、J2昇格を掴み取った。2024年は前半戦は中位に留まるも、後半は失速し苦戦を強いられながらもJ2残留を果たした。石丸体制4年目となり飛躍を期待された2025シーズンだったが、第16節時点で1勝7分8敗で最下位に沈み、2025年5月21日に成績不振により契約解除が発表された[14]

2025年7月4日、FC岐阜の監督に就任した[15]

2025年10月14日、 FC岐阜の監督として 2025明治安田J3リーグ 9月度 月間最優秀監督賞 に選出された。[16]

エピソード

  • 京都在籍時、石丸のシュートは「おっさんシュート」の愛称で親しまれた。由来は、アナウンサーの聞き間違い(言い間違い?)ということだが、キャラクターとマッチしたのかなぜか定着しており、本人もネタにしている。[要出典]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
1995阪南大14---1010
1996福岡-J23113220383
199782946032386
19982824221345
1999J11623120213
20002403010280
2001京都11J23732040433
2002J12605050360
200362704000310
2004J2342-10352
200500--00
2005愛媛36JFL61-
200617J2311-10321
通算日本J1 173938515323117
日本J2 102620601106
日本JFL 61-
日本 --1010
総通算 28116405

その他の公式戦

指導歴

  • 2007年 - 2014年 日本の旗 愛媛FC
    • 2007年 - 2009年 トップチーム コーチ
    • 2010年 - 2012年 ユース 監督
    • 2013年 - 2014年 トップチーム 監督
  • 2015年 - 2016年 日本の旗 京都サンガF.C.
    • 2015年 - 同年7月 ヘッドコーチ
    • 2015年7月 - 2016年 監督
  • 2017年 - 2019年 日本の旗 松本山雅FC コーチ
  • 2020年 - 2021年4月 日本の旗 モンテディオ山形 監督
  • 2022年 - 2025年5月 日本の旗 愛媛FC 監督
  • 2025年7月 - 日本の旗 FC岐阜 監督

監督成績

年度クラブ所属リーグ戦カップ戦
順位勝点試合Jリーグカップ天皇杯
2013愛媛J217位4742121119-2回戦
201419位4842121218-4回戦
2015京都17位28206104-3回戦
20165位694218159-2回戦
2020山形7位6242171114--
2021[注 1]20位79144--
2022愛媛J37位5234141010
2023優勝733821107--
2024J217位40381010181回戦敗退ベスト16
2025[注 2]20位10161781回戦敗退-
岐阜J313位2919928--
  • 2015年は第23節より指揮
  • 2021年は第9節まで指揮
  • 2025年の愛媛は第16節まで指揮
  • 2025年の岐阜は第20節より指揮

タイトル

選手時代

ユニバーシアード日本代表
京都パープルサンガ

監督時代

クラブ

愛媛FC

個人

  • J3リーグ優勝監督賞:1回(2023年)
  • J3リーグ月間最優秀監督:1回(2025年9月度)

脚注

関連項目

外部リンク

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