正義の味方
キャラクター類型
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用例

川内康範が『月光仮面』の主題歌(1958年)で用いて広まったとされ[1][20]、川内の造語だとする説もあるが[21][22][23]、「正義の味方」という表現自体は19世紀から多数の用例が存在する[注 1]。中でも徳富蘇峰の『国民之友』誌の記事[注 2]や内村鑑三の著作[注 3]では、「正義の味方」という表現がたびたび用いられている[注 2][注 3]。
群馬県の廃娼運動団体が明治時代に発行していた機関誌『上毛之青年』にも、社告や寄稿などに「正義の味方」という言葉が見受けられる[注 4]。『東京毎日新聞』[注 5]は大正時代中頃から昭和時代初期にかけて「我等は正義の味方也」というスローガンを広告や日々の紙面で標榜していた[注 6][26][28]。
大隈重信や芥川龍之介なども[注 7]、『月光仮面』以前に「正義の味方」という語を用いている。
創作物のヒーローを指す意味としては、『月光仮面』以前から永松健夫・加太こうじらが『黄金バット』で「正義の味方」という語をたびたび用いている[注 8]。
由来に関する考察
佐藤誠三郎は、日本文化会議のセミナーで「日本における正義」と題した講演を行い、その中で(創作物における)「正義の味方」についても言及している[85]。佐藤によれば、「正義の味方」とはイエやムラのような共同体から外れた孤高の存在で、見返りを求めることなく共同体を部外者として手助けする[85]。こうした「正義の味方」の概念は明治維新以降に生まれたもので[85]、義士や義民といった江戸時代から存在する類似概念との違いは、義士や義民が自らの属する共同体のために行動するのに対して、正義の味方はその共同体の構成員ではない点にある[85]。佐藤はそのような「正義の味方」の系譜として、鞍馬天狗、月光仮面、およびウルトラマンを挙げている[85]。
『黄金バット』の作者の1人でもある加太こうじによれば、「正義の味方」をキャッチフレーズに用いたヒーローの元祖が『黄金バット』であるという[79]。
対義語
「正義の味方」を題名とする創作物
以下のようなものがある。
- 正義の味方 (ゲームソフト) - 2001年に発売されたプレイステーション2用ゲームソフト。
- 正義の味方 (漫画) - 聖千秋による少女漫画。
- 正義の味方 (テレビ番組) - 2001年4 - 9月に日本テレビで放送された深夜番組。
- 教えて!ニュースライブ 正義のミカタ - 2014年4月から朝日放送で放送されているニュース情報番組。
- せいぎのみかた - 1997年に日本テレビで放送されたテレビドラマ。
- 正義のミカタ I'm a loser - 本多孝好による小説作品。
- 「正義の味方」で始まるページの一覧も参照。
脚注
注釈
- 上述した徳富蘇峰や内村鑑三以外で「正義の味方」の用例を確認できるのは、宗教家の松村介石[7]、政治家の新井毫[9]、大隈重信[29]、大津淳一郎[30]、鈴木梅四郎[31]、学者の岡田哲蔵[13]、高木敏雄[32]、小野塚喜平次[33]、新城和一[34]、吉江喬松[35]、杉村広蔵[36]、矢野仁一[37]、田中耕太郎[38]、官僚の杉村陽太郎[39][40]、奥村喜和男[41]、弁護士の布施辰治[42]、塚崎直義[43]、ジャーナリストの大庭柯公[44]、野依秀一(野依秀市)[45]、馬場恒吾[46]、作家の山田美妙[47]、羽化仙史(渋江保)[48]、小川未明[49]、渡辺霞亭(碧瑠璃園)[50][51][52][53]、田口掬汀[54]、津田光造[55]、有島武郎[56]、長與善郎[57]、菊池寛[58]、村松梢風[59]、芥川龍之介[60]、佐々木味津三[61]、江戸川乱歩[62]、直木三十五[63]、夢野久作[64]、大佛次郎[65]、海野十三[66]、中野重治[67]、山岡荘八[68]、小島政二郎[69]、評論家の高須梅渓[70]など。
出典
- “正義の味方(せいぎのみかた)の意味”. goo国語辞典(デジタル大辞林). goo. 2021年4月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月9日閲覧。
- 「雜報 吾人は」『上毛之青年』第13号、上毛青年社、1890年1月18日、24頁。復刻版:『上毛之青年 第1巻』不二出版、1993年、414頁。「吾人は/只正義の味方たるのみ其正を助けて其邪を撃つべきのみ」
- 「言志」『國民之友』第264号、1895年10月5日、1頁。複製版:『国民之友 明治文献版』 17巻-II、株式会社明治文献、1967年、8頁。「正義の味方とさへなれば、天下亦吾人の味方となるものあるを
敎 れば也。」 - 「正邪の審判者」『國民之友』第326号、1896年12月12日、10頁。複製版:『国民之友 明治文献版』 19巻-II、株式会社明治文献、1967年、196頁。「滔々たる政治家
豈 一人の正義の味方として起ち、平和の味方として起ち、人情を代表して起ち、正義の爲に生き、平和の爲に鬪ひ、人情の爲に死するものはなき乎 。」 - 「第二部 新聞總覽編 東京府」『新聞總覽 大正十一年版』日本電報通信社、1922年、2-3頁。復刻版:北根豊(監修)「第二部 新聞総覧編 東京府」『新聞総覧 大正11年版』大空社、1993年、2-3頁。ISBN 4-87236-183-0。(オンライン版、国立国会図書館デジタルコレクション)「■我等は正義の味方也■/戰後の重大なる生活問題の羅針盤/我等は正義の味方である/無產者階級の聲は常に正しい (中略) 無產階級の一日も不可缺大新聞」(2頁)、「『無產階級の生活安定』を唯一の社是とし、欄外に『我等は正義の味方也』の標本を掲げ」(3頁)
- 竹熊健太郎 (2007年3月23日). “川内康範先生の想い出(2)”. たけくまメモ. ココログ. 2025年12月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年6月18日閲覧。「ところで「正義の味方」という言葉を作ったのは川内康範先生だということはご存じでしょうか。主題歌『月光仮面は誰でしょう』の中に、「月光仮面のおじさんは 正義の味方よ善い人よ」という一節がありますが、まさにこれが日本最初の使用例なのです。」
- 咲村珠樹 (2018年2月24日). “「正義の味方」第1号 誕生60年「月光仮面」の軌跡”. おたくま経済新聞. シー・エス・ティー・エンターテインメント株式会社. 2024年12月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年12月1日閲覧。
- 杉村喜光 [@tisensugimura] (2020年4月2日). “正義の味方という言葉は川内康範先生が……”. 2020年4月2日時点のオリジナルよりアーカイブ. X(旧Twitter)より2020年5月8日閲覧.
- 大隈重信「道德は婦人問題の解決によつて全うせらる」『婦人新報』第165号、日本基督敎婦人矯風會、1911年、15頁。復刻版:『婦人新報』 21巻、不二出版、1985年、83頁。(プレビュー、Google Books)「私は思ふ今日の社會を改善したいと思はゞ消極的ばかりでは駄目である、積極的の方法を講ぜねばならぬ、私共は正義の味方を澤山に造らねばならぬ、されば私は子弟を多く敎育して私共の味方としたいと思つて敎育に盡力して居る」
- 田中耕太郎「民主主義と眞理」『教育と政治』好学社、1946年、220-221頁。(オンライン版、国立国会図書館デジタルコレクション、デジタル化資料送信サービス限定公開)「民主主義と眞理」『眞理と平和を求めて』大日本雄弁会講談社、1949年、63頁。(オンライン版、国立国会図書館デジタルコレクション、デジタル化資料送信サービス限定公開)「聯合國側が世界の輿論の支持を得たのは、正義が彼等の味方であつたからである。/勿論正義の味方がある場合に戰ひは常に勝つとは限つてゐない。 (中略) 然しながら長い眼で以て世界史を大觀するときに、神の正義は誤りなく實現せられ、實力を恃み勝利に驕つた國々は久しからずして沒落の苦杯を嘗めさせられてゐるのである。」
- 野依秀一(野依秀市)「正義の友に告ぐ」『愚人の力』実業之世界社、1915年、32頁。(オンライン版、国立国会図書館デジタルコレクション、デジタル化資料送信サービス限定公開)「僕は正義が最後の勝利者であると信じて今日迄奮鬪して來た。そして又少なくとも『實業之世界』の讀者は、不正不義の敵、正義の味方であると信じて居つた。」
- 永松健夫「黄金バット 科学魔篇」『黄金バット 天空の魔城・彗星ロケット』桃源社、1975年、179, 185, 192, 193頁。初出1950年。(オンライン版、マンガ図書館Zのインターネットアーカイブ、179頁目、185頁目、192-193頁目)「前号までのあらすじ 惡の権化ナゾー一味は、天空の魔城のクーマ大王と隣国Q大王の助けを借りて、全世界を惡の世界に変えようとしていた。それを阻んだ正義の味方黄金バットの戦いは」(179頁)、「☆前号までのあらまし☆惡の権化ナゾー一味は、天空の魔城のクーマ大王と隣国Q大王の助けを借りて、全世界を惡の世界にしようとした。これに対して正義の味方黄金バットと大木探偵、地底国のモーグリ博士が」(185頁)、「☆前号までのあらまし☆惡の權化ナゾー一味は、天空のクーマ大王と力を合せ、全世界を惡一色にしようとしたが、これに対して正義の味方黄金バットと大木探偵モーグリ博士等は」(192頁)、「クーマ大王やナゾー一味の惡人共は、正義の味方黄金バットの助力を受けて私たちが皆退治してしまいました。」(193頁)
- 加太こうじ 著「正義の味方」、高橋義孝 編『東京故事物語』河出書房新社、1968年2月、186頁。 NCID BN1095165X。(オンライン版、国会図書館デジタルコレクション、デジタル化資料送信サービス限定公開)「子どもは正義の味方というのが大好きである。 (中略) 猿飛佐助は、 (中略) 劣勢の豊臣家を圧迫する徳川方に抗する正義の味方として、たちまちにして日本中の子どものあこがれのまとになった。/正義の味方ということを、キャッチフレーズにして売りだした英雄は、猿飛よりずっとおくれて、昭和初年の紙芝居に登場した『黄金バット』である。原作者は鈴木一郎という紙芝居説明者兼台本作者で、その絵を永松健夫という少年画家が描き、のちには加太こうじも描いた。」
- 「坊やおなじみ”黄金バット” 丸の内に現る!ビル渡り」『読売新聞東京夕刊』1950年12月18日、3面。ヨミダス歴史館にて閲覧。「突如一陣の風とともに現われましたのはアーラ懐しや正義の味方”黄金バツト” (中略) 実は某映画社のロケがはじまつたのです」(映画『黄金バット 摩天楼の怪人』のロケーション撮影に関する記事)
- 佐藤誠三郎 著「日本における正義」、日本文化会議 編『西欧の正義 日本の正義』三修社、1980年、179, 213-215頁。 NCID BN02649998。 新版:文藝春秋社〈文春学藝ライブラリー 雑13〉、2015年、231, 272-274頁。ISBN 978-4-16-813043-4。
- やなせたかし、鈴木一義『アンパンマン大研究』フレーベル館、1998年、58-59頁。ISBN 4-577-01898-5。「Q1 ばいきんまんは、どこから何のためにやってきたのですか? (中略) (やなせもひとこと) アンパンマンと闘うため、『正義の敵』としてやってきました。」(58頁)「Q3 ばいきんまんとアンパンマンは、どんな関係ですか? (中略) (やなせもひとこと) アンパンマンは『正義の味方』、ばいきんまんは『正義の敵』です。」(59頁)