毛利元靖
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1908年(明治41年)9月5日、山口県都濃郡徳山町において、旧徳山藩毛利家第11代当主・毛利元秀の長男として生まれる。
東北大学経済科卒業後、南満洲鉄道に入社し、本社総裁室管理課長代理、新京支社殖産課長、総務局管理課長などを務める[1]。
1942年(昭和17年)5月に父・元秀が死去し、同年7月に家督を継承した。
1945年(昭和20年)10月に妻の毛利行子が死去。
1948年(昭和23年)3月に山口県公安委員となり、5月からは旅館「岐山」を経営し、1954年(昭和29年)12月に徳山商工会議所会頭に選ばれた[1]。
KRY山口放送の創設に尽力し、初代会長を務めた。同社の敷地はかつての徳山毛利邸跡地の一角である。
1955年(昭和30年)から1956年(昭和31年)と1956年(昭和31年)から1957年(昭和32年)の二期にわたり、かつての旧領である徳山市に設立された、「徳山ロータリークラブ」第3代、第4代の会長を務めた[4]。
系譜
脚注
- 1 2 3 『人事興信録 第20版 下』(人事興信所、1959年)も3頁
- ↑ 『山口県議会四年の回顧』(山口県議会事務局、1964年)34頁
- ↑ “毛利氏(周防徳山藩家系)”. 世界帝王事典. 2022年7月17日閲覧。
- ↑ “歴代会長・幹事”. 徳山ロータリークラブ. 2022年7月17日閲覧。
- ↑ “クラブ紹介”. 徳山ロータリークラブ. 2022年7月17日閲覧。
| 日本の爵位 | ||
|---|---|---|
| 先代 毛利元秀 |
子爵 (徳山)毛利家2代 1942年 - 1947年 |
次代 華族制度廃止 |
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