水平社博物館前差別街宣事件
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部落問題の歴史を紹介する施設として、部落解放同盟(解放同盟)などの協力を受けて奈良県御所市に設立された水平社博物館では、特別展示のコーナーにおいてハンセン病患者やアイヌの人権問題など部落問題以外のテーマもしばしば取り上げていた。
その一環として2010年(平成22年)12月10日から2011年(平成23年)3月27日まで、日本の朝鮮植民地政策にスポットを当てた「コリアと日本 ‐『韓国併合』から100年‐ 」と題する特別展示が行われた[1]。展示では「日本政府によって多くの朝鮮人が強制連行された。連行された女性の中には性奴隷である慰安婦として従軍させられた者もいた」といった解説がなされた。
在特会の関西地区担当副会長を務めていた川東大了は、電気工事の仕事で近畿大学のキャンパスを訪れた際に見かけたパンフレットでこの特別展示の内容を知った。強制連行や従軍慰安婦の存在を否定するなど、特別展示の論調とは異なる歴史認識を有していた川東は「水平社博物館による歴史捏造」と考え、抗議行動を計画した[2]。
川東はこの時、京都朝鮮学校公園占用抗議事件(以下「京都事件」と表記)と徳島県教組業務妨害事件の二事件で起訴され、在特会会員との接触禁止を条件に保釈された身であったため、抗議は会の支援なしに単独で行わざるを得なかった[3]。そこで川東は2011年(平成23年)1月5日、日章旗を掲げながら水平社博物館内を練り歩くパフォーマンスを一人で行い、水平社博物館の歴史認識に抗議した。この時は示威行為にあたるとして日章旗を畳むよう求める博物館職員と川東の間で口論が生じた[4]。
事件当日
2011年(平成23年)1月22日午後1時過ぎ、水平社博物館前の路上で川東による抗議街宣が行われた。その際に川東は拡声器を用いて以下のような怒号を上げた。
「なぜここでこうやってマイクを持って叫んでるかといいますと、この目の前にある穢多博物館ですか、非人博物館ですか、水平社博物館ですか、なんかねえ、よく分からんこの博物館」「強制連行された女性の中には、慰安婦イコール性奴隷として軍隊に従属させられ、性的奉仕を強いられた人もいましたと、こういったことも書かれておりますねえ」「慰安婦イコール性奴隷と言っているんですよ、こいつらはバカタレ。文句あったら出てこい、穢多ども。慰安婦。性奴隷。これねえ、すごい人権侵害ですよ、これ。性風俗産業ね。自分が性風俗産業で働くのが大好きだと、これが天職だと、喜んで働いている女性に対して人権侵害なんですよ、これ」「この水平社博物館、ド穢多どもはですねえ、慰安婦イコール性奴隷だと、こういったこと言ってるんですよ。文句あったら出てこいよ、穢多ども。ね、ここなんですか、ド穢多の発祥の地、なんかそういう聖地らしいですね。」「穢多やら非人やらいうたら、大勢集まって糾弾集会やら昔やっとったん違うんですか。出てこい、穢多ども。何人か聞いとるやろ、穢多ども、ここは穢多しかいない、穢多の聖地やと聞いとるぞ。出てこい、穢多ども、おまえらなあ、ほんまに日本中でなめたマネさらしやがって」 「ここでそういうことやったら、なんか大勢人間がね、集まってきて囲まれて、なんか大変なことになるということをね、ちょっと事前に聞いてね。あまり、こう、平穏に街宣ができるとはちょっと思ってなかったので、あまり何を言うか考えてこなかったんですけど」「いい加減出てきたらどうだ、穢多ども。ねえ、穢多、非人、非人。非人とは、人間じゃないと書くんですよ。おまえら人間なのかほんとうに」
「穢多とは穢れが多いと書きます。穢れた、穢れた、卑しい連中、文句あったらねえ、いつでも来い。」 — 川東大了、奈良地方裁判所平成23年(ワ)第686号 平成24年6月25日民事部判決・判決文本文より抜粋[5]
川東の発言は博物館職員にとっても初めて耳にするレベルの激烈なものだったが、予め警察から「彼らは相手の反応を引き出すことを目的にしているので、挑発に乗ってはいけない」と注意されていたため、路上に出て川東を制止するなどの対応は取らなかった[6]。
川東は1時間ほど街宣を続け、博物館内に入って職員と口論を交わした後に現場を去った[4]。なお当日は在特会を中心とする関西の行動する保守関連の市民団体の連合体の「チーム関西」のメンバーがカメラマンとして同伴しており、当日中に上記発言を含む街宣の様子を映した動画が動画投稿サイト「YouTube」にアップロードされた[7]。
事件後の動き
民事訴訟
2011年(平成23年)8月22日、水平社博物館を運営する財団法人水平社博物館は川東の街宣によって社会的・精神的被害を被ったとして、川東に対して1000万円の慰謝料を求める民事訴訟を奈良地裁に提起した[10][11]。
川東は「穢多・非人は蔑称ではないから不当な差別をしたことにはならない」「挑発的な言動はしておらず、単に水平社博物館の歴史認識の誤りを指摘したに過ぎない」などと主張して請求棄却を求めたが、奈良地裁は2012年(平成24年)6月25日、「穢多・非人が不当な差別文言であることは公知の事実であり、川東の言動は水平社博物館に対する名誉毀損にあたる。また川東の言動は水平社博物館の設立目的及び活動状況等を否定するものであり、生じた損害は相当大きなものであると言わざるを得ない」として、川東に慰謝料150万円を支払うよう命じる判決を言い渡した[5][12]。原告・被告ともに大阪高裁へ控訴しなかったため、そのまま判決は確定した。