小坂英二
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神奈川県横浜市戸塚区で生まれる。祖父・分藤雄吉は電信第二聯隊に所属[3]。京都市立東和小学校、京都市立陶化中学校[4]、京都市立日吉ヶ丘高等学校、神奈川県立座間高等学校を経て、1995年に慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、武蔵野銀行、新進党本部職員、西川太一郎代議士秘書を経て2003年4月、東京都荒川区議会議員初当選[5]。
2012年8月19日、頑張れ日本!全国行動委員会、国会議員らと共に尖閣諸島での慰霊祭に参加。その際、地方議員らと共に魚釣島に上陸した。詳細は日本人活動家尖閣諸島上陸事件を参照のこと。
2012年9月29日に所属していた日本創新党が日本維新の会への合流を理由に解散[6]した後も、荒川区議会における一人会派「日本創新党」に所属していた[7]。日本保守党の結党に参加し[2]、会派「日本創新党」を2023年9月13日に「日本保守党」へ名称変更した[8]。
2024年10月27日投開票の第50回衆議院議員総選挙には日本保守党から比例南関東ブロック第1位で立候補し、同時に荒川区議会議員を失職したが[9]、同ブロックで日本保守党は議席を確保できず落選した。
2025年5月27日、同年7月20日投開票の第27回参議院議員通常選挙に日本保守党の候補者として東京都選挙区から立候補することを発表した[10]。
2025年7月20日に実施された第27回参議院通常選挙の投開票の結果、276,097票(得票率3.97%)を獲得したが32人中11位で落選した[11]。
選挙後、日本保守党の衆議院東京都第29区支部長に就任した。また、比例代表で当選した日本保守党代表百田尚樹の公設第一秘書に就任したことを自身のX(旧Twitter)で公表した。
2026年2月8日に実施された第51回衆議院議員総選挙の投開票の結果、14,101票(得票率7.2%)を獲得したが6人中4位で落選した[12]。また、日本保守党は東京ブロックで得票率3.09%を獲得したが、比例での議席獲得はならなかった[13]。
著書
- 『タブーなき告発 : 日本を蝕むものとの戦い』武田ランダムハウスジャパン、2012年11月。
- 『タブーなき告発 : 日本を蝕むものとの戦い』太陽出版、2013年3月。
選挙歴
| 当落 | 選挙 | 執行日 | 年齢 | 選挙区 | 政党 | 得票数 | 得票率 | 定数 | 得票順位 /候補者数 | 政党内比例順位 /政党当選者数 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 当 | 荒川区議会議員選挙 | 2003年 4月27日 | 30 | 保守新党 | 1674票 | 32 | 22/41 | |||
| 当 | 荒川区議会議員選挙 | 2007年 4月22日 | 34 | 無所属 | 2751票 | 32 | 3/42 | |||
| 当 | 荒川区議会議員選挙 | 2011年 4月24日 | 38 | 日本創新党 | 2449票 | 32 | 4/38 | |||
| 当 | 荒川区議会議員選挙 | 2015年 4月26日 | 42 | 無所属 | 2417票 | 32 | 6/36 | |||
| 当 | 荒川区議会議員選挙 | 2019年 4月21日 | 46 | 無所属 | 2027票 | 32 | 14/41 | |||
| 当 | 荒川区議会議員選挙 | 2023年 4月23日 | 50 | 無所属 | 2336票 | 3.19% | 32 | 6/44 | ||
| 落 | 第50回衆議院議員総選挙 | 2024年10月27日 | 51 | 比例南関東ブロック | 日本保守党 | 23 | 1/0 | |||
| 落 | 第27回参議院議員通常選挙 | 2025年 7月20日 | 52 | 東京都選挙区 | 日本保守党 | 27万6097票 | 4.0% | 7 | 11/32 | |
| 落 | 第51回衆議院議員総選挙 | 2026年 2月 8日 | 53 | 東京都第29区 | 日本保守党 | 1万4101票 | 7.2% | 1 | 6/4 | 1/0 |