氷IV

From Wikipedia, the free encyclopedia

氷IV(こおりよん, ice IV)は、高圧力下で生じる氷多形のひとつで、準安定相である。存在自体はグスタフ・タンマンが1910年に言及していたが、はっきりとその存在を確立したのは、1935年にD2Oの融点測定からその存在を見出したパーシー・ブリッジマンである[1]。液体から結晶化させるのが非常に難しく、その作製方法は21世紀に入るまで確立されなかったため、Philip Ballによって「鬼火(will-o'-the-wisp)」というニックネームがつけられた[2]

結晶化

Evansは、氷IVを結晶化させるにあたり、いくつかの有機物の水溶液を用いることが有効であると報告した[3]。 特に有力であるとされたのは無水テトラクロロフタル酸(tetra-chloro-phthalic anhydride)であり、その後、おもにEngelhardtらによるいくつかの研究で用いられた。 またNishibata(1972)は、-13.6°Cから-14.6°Cという限られた温度範囲において氷VIを脱圧すると、氷VIの準安定融解曲線上で氷IVが得られると報告した[4]

Lobban (1998)は、自身の博士論文中で、0.58 GPa, 260 K付近において氷IVが生じることを報告し、中性子回折を用いて構造解析を行った[5]。またChouら (1998)は、ダイヤモンドアンビルセルを用いた実験から、液体・氷Ih・氷IVの三重点付近において、氷IVが氷Ihとともに析出することを報告した[6]。彼らはまず-50度付近まで水を冷却することで氷IとIVの混合物を作製し、それを昇温して氷IVの単結晶を作製したのち、加熱・加圧することで、およそ1 GPaまでの融解曲線を求めている。

Salzmannら(2002)は、上記とは全く異なる結晶化方法として、高密度アモルファス氷(HDA[7])を 0.81 GPaにおいて0.4 K/minという昇温速度でゆっくりと加熱することで、氷IVが選択的に結晶化することを見出した[8][9]。この際、30 K/min以上の昇温速度を採ると、氷IVではなく氷XIIが選択的に得られる。この方法は、再現性よく氷IVを得ることができるという点で他の方法とは決定的に異なるものである。この方法を用いて、ラマン分光法X線回折示差走査熱量測定による氷IVの分析が行われた[10][11]。また同時期に、Klotzら(2003)もHDAから氷IVが結晶化することを報告し、中性子回折に基づく構造解析も行っている[12]。Klotzらによると、0.6-0.7 GPaという圧力において、まず165 Kにおいて氷IVと氷XIIが得られたが、氷XIIは210 Kまで昇温する過程で氷IVへと転移し、最終的には純粋な氷IVが得られたとしている。

結晶構造

氷IVの時間空間平均結晶構造。Klotz et al. (2003)[12]に報告された結晶構造データを用い、VESTAを用いて描画。黒/白の球はそれぞれ酸素/水素原子を示す。

氷IVの結晶構造は、高圧セルで作製した試料を液体窒素中で常圧に回収して測定されたX線回折パターンにもとづき、Engelhardt と Kamb が1981年に報告した[13]空間群R-3c(結晶系:三方晶系、格子系:菱面体晶系), 常圧・110 Kにおける格子定数は、a = b = c = 7.60(1) Å, α = β = γ = 70.1(2)°である。六員環の中心を水素結合が貫通するような構造を持つが、氷VIIのように独立した水素結合ネットワークではないため、相互貫入構造ではない。


中性子回折による構造解析は、Lobban (1998)の博士論文に記載があり、完全に水素が無秩序化した構造であると結論づけている[5]。またその数年後にKlotzらも、高密度アモルファス氷から結晶化させた氷IVに対して中性子回折測定を行って、ほぼ同一の構造を報告している[12]。またわずかにHClをドープした系における中性子回折でもこの構造が確認されている[14]

Engelhardt と Kamb は、氷IVの結晶構造が氷Icに類似していることを見出し、比較的小さな構造歪みと、いくつかの追加の水素結合を加えることで、氷Icの構造から氷IVの構造が得られると述べた。これは、のちに Shephardら (2018)によって、Engelhardt–Kamb collapse (EKC)と名付けられた[15]

融点

氷IVの融解曲線

準安定相である氷IVの融点は、すべての圧力範囲において安定相の融点より低い。発見者であるブリッジマン[1]や、Engelhardt and Whalley[16]、Chou and Haselton[6]による値が存在し、特にChouらは最大1 GPaまでの幅広い圧力領域における融点を報告している。また、低圧領域では1998年に三島修およびユージン・スタンレーによって、脱圧による融解時に試料温度が上昇することを利用し、等温脱圧過程での温度測定から徹底的な融点測定がなされている[17]。彼らはエマルション化した水を用い、ピストンシリンダー型高圧装置中での温度測定から、氷IVの等温脱圧に伴う融解圧力を決定した。結果として、0.1 GPa, 215 K付近において融解曲線の折れ曲がりがみられ、これを過冷却領域における低密度水と高密度水の存在に関する間接的な証拠であると主張した。同様の挙動は三島によって重水試料でも確認されている[18]

Salzmannらの提案したように、Chouらの"New Phase"が氷XIIだとすると(詳細は、氷XIIを参照)、氷XIIの融解曲線と氷IVの融解曲線はおよそ0.6 GPa付近で交わる[19]

高密度アモルファス氷との関連性

高密度アモルファス氷(High density amorphous ice: HDA)は、氷Ihを液体窒素温度で1.6 GPa付近まで加圧することで得られる、非晶質状態である[7]。 Martelliらは、HDAから氷IVが選択的に得られるという実験結果に基づき、分子動力学計算およびモンテカルロ法を用いた計算から、HDAは氷IVに似た水素結合様式を持つ微小なドメイン構造を含むことを見出した[20]

Shephardらは、氷Iと同一の構造をもつNH4Fの第I相を加圧することで、氷IVと同一の構造をもつNH4Fの第II相を得ることができることを示し(EKC)、ここから、HDAを、「氷Iから氷IVへの道すじの途中で脱線した状態(“derailed” state along the ice I to ice IV pathway)」と表現した[15]。氷の場合には、氷Ihが水素無秩序であることからEKCを完了させることができず、結果的に結晶-結晶転移を起こすことができずにHDAが得られる、という主張である。

水素秩序化

Salzmannらは、2011年に発表した総説論文中に、HClをドープした氷IVの示差走査熱量測定結果を掲載し、液体窒素温度から昇温する過程で、120 K付近にわずかな吸熱反応が見られることを報告した[21]。 2021年には、同じグループが、冷却する圧力を高くすることでこの吸熱ピークも大きくなることを示した[22]。論文中では、この吸熱ピークの由来について、水素無秩序-秩序転移以外にも、圧力によるひずみや、配向ガラス転移といった可能性を挙げている。

2023年にKobayashiらは、DClをドープした氷IVの中性子回折の結果から、120 K付近に格子定数の温度依存性の折れ曲がりが見られることを報告し、低温で氷IVがわずかに秩序化するとして、空間群R3cの構造モデルを報告した[14]。ただし、水素秩序度(水素サイト占有率の変化)がきわめて小さく、ほぼ氷IVと同一のため、これは現在のところ新しい氷の相とは見なされていない。

Mochizukiらは、分子動力学計算およびDFT法を用いた理論計算から、もし完全に水素秩序化した氷Ic相が作製できたとしたら、それを加圧することで完全に秩序化した氷IVが得られると報告した[23]。なお、実験では、水素秩序化した氷Icは見つかっていない。

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI