永井孝典 (プロ雀士)
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愛知県田原市出身[1]。麻雀は高校のテニス部の同僚と始めたのがきっかけ[1]。近畿大学卒業[2]後に住友精化に就職した[3]が、麻雀をデータで突き詰めていくことに楽しさを覚え、2019年に最高位戦日本プロ麻雀協会に志望理由書を送りプロテストを受験、最高位戦関西本部所属のプロ雀士となる[1]。
第45期新人王戦では準決勝B卓をトップ通過したものの、決勝卓では3着[4]。
2024年、MリーグチームのEX風林火山が企画したSSP(スペシャル・スパーリング・パートナー)選考大会『IKUSA2024』で優勝し、二代目SSPとなった[5]。SSPとしての活動の中で、勝又健志からは素点を大事にする最高位戦の打ち方から、トップの比重の大きいMリーグルールに合わせた打ち方の指導を受ける[6]。
翌2025年に行われたEX風林火山のドラフト会議指名選手オーディションにIKUSA2024勝者として出場。準決勝初日は3着2回で8人中5位の成績で準決勝最終日に進出。最終日は、前半が着順4-3-1-1で5人中2位、後半は着順2-3となり、トータルマイナスながらも辛うじて決勝に生き残る。3半荘で行われる決勝では初代SSPの一井慎也、同時期に行われたBEAST Xオーディション勝者の下石戟、元Mリーガーの魚谷侑未という実力者を相手に初戦でラスを引くも、2戦目・3戦目と連勝し、逆転でオーディション優勝を果たして、EX風林火山からのドラフト指名が内定[7]。2025年6月30日に行われたMリーグ2025-26ドラフト会議で、EX風林火山から1巡目指名を受けた[8]。
MリーガーはおろかEX風林火山ドラフト会議指名オーディションメンバーを含めてももっとも実績も知名度も劣っていたことを自他共に認めていた[1][3][注釈 1]が、Mリーグが開幕すると快進撃を続け、12月26日にはMリーグ史上最速で個人10勝目を挙げる(年を跨がずに個人二桁勝利を達成したのは史上初)[9]など躍進。シーズン終盤に調子を落としタイトルには手が届かなかったものの、個人スコア・4着回避率・最多勝の3部門でいずれも2位と実績を残した[10]。
挿話
- Mリーガーになる前は住友精化別府工場(兵庫県加古郡播磨町)にプラントエンジニア(化学プラント設計担当)として勤務していた[6][11]。関西(兵庫県明石市)在住[11]かつフルタイム勤務をしており、Mリーガーになるに当たって二拠点生活も考えたが、EX風林火山の監督に就任した二階堂亜樹の期待の言葉を聞いて、会社を辞め東京へ移住し麻雀に専念することを決意した。最高位戦も本部所属に変更している。
- IKUSA2024に応募したのは勝又健志への憧れに加えてMリーガーと練習できる機会を得ることが目的で、この時点でMリーガーになりたいという野心があったわけではなかったという[6]。
- SNS等のアイコンにやかんを持った写真を使っていたことから、愛称は「やかん」[11]。
- 同じく最高位戦所属でMリーガーの鈴木優は同じ高校の5年先輩にあたる[1]。
- 関西在住時から全国のタイトル戦予選やプロアマ等の対局によく参加しており、加えて永井本人の持ち前の明るさとイジられやすさもあって、交友関係が広い。特にMリーガーの先輩に当たる竹内元太らとは「永井軍団」と称するグループを結成する仲[1]。
- EX風林火山に入団する前は通り名を持っていなかったが、二階堂姉妹のYouTubeチャンネル「るみあきchanねる」の生配信内にて、通り名が「三河の猛将」(みかわのもうしょう)となった[13]。
- 趣味は競馬と野球観戦。競馬はキタノコマンドールの一口馬主を務めた経験があるほどで、思い出の馬はメイショウサムソン[2]。野球は中日ドラゴンズのファン[12]。