江原利次
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来歴
1974年にレフティとしてプロ入りし[1]、1976年のアジアサーキット・香港オープンでは初日に4位グループに着けた[2]。
1976年のシンガポールオープンでは内田袈裟彦が優勝し、野口英雄が6位、新井規矩雄が9位に入ったが、江原は11位で惜しくも十傑入りは逃した[3] [4]。
1978年の関東オープンでは初日、ラフが深いゆえにグリーンの難しさもあって上原宏一・浅井教司・謝敏男(
中華民国)・川田時志春・関水利晃・草壁政治・海老原清治・日吉稔・森憲二・高井吉春・鳥沢利一・石井冨士夫と並んでの10位タイ[5]でスタートしたが、2日目には猛暑とラウンド時間が6時間というスローペースに苦しめられながら69をマークし、日吉と並んでの2位タイに浮上[6]。
1979年の山梨プロアマでは榎本七郎・大森信佳・鷹巣南雄に次ぐ4位[7]、1984年の埼玉オープンでは小川清二・金谷多一郎・美浦修・新井に次ぐと同時に川俣茂・須貝昇と並んでの6位タイ[8]に入り、1985年のマルマン日本海オープン[9]を最後にレギュラーツアーから引退。