池辺町
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地価
都筑区南西部に位置し、佐江戸町、緑区鴨居・東本郷町、川向町、東方町、平台、高山、二の丸、加賀原と隣接する。中原街道が通る。
地形的には北部の丘陵地と南部(鶴見川北岸)の低地からなる。低地部は元来は軟弱な低湿地が多かった[6]。これにも関連して、大規模マンション「パークシティLaLa横浜」では居住後に建物が傾く被害があり、不正により杭が強固な地盤に届いていなかったことが発覚し、建て直しが行われた。
住宅街のほか、南部には工業地域も広がる。読みは「いこのべ」であるが、「いけべ」と誤読される事が多く[7]、難読地名の一つとされている。
住宅地の地価は、2025年(令和7年)1月1日の公示地価によれば、池辺町字不動原7009番15の地点で19万9000円/m²となっている[8]。
歴史
かつては「池野辺」や「伊子野辺」とも書いた。
丘陵部では捨馬台遺跡や池辺遺跡など、縄文時代の遺跡が多数発掘されている。須恵器や土師器も出土しており、古くからこの地に人が住んでいたことが分かる。
中世は武蔵国都筑郡池辺郷、江戸時代からは都筑郡池辺村と呼ばれた。農業が行われており、用水は鶴見川の支流から佐江戸村で分水して引いたとされる。また、神奈川宿の助郷村となった。
1889年に市町村制によって都田村大字池辺となる。1934年4月、都田村が改称して川和村となる。1935年9月に川和村が町制を施行したことに伴い川和町大字池辺に変更。1939年4月横浜市港北区に編入され、大字池辺の地に池辺町を新設。1956年に、一部を佐江戸町に編入、さらに東方町、佐江戸町の一部を編入した。1969年10月、港北区の分区に伴い緑区に編入。1994年11月港北区・緑区の再編に伴い新設された都筑区に編入。2007年3月に、NEC横浜事業場跡地の再開発事業として、神奈川県最大級の商業施設である「ららぽーと横浜」が開業した。
町名の由来
町名の由来は宗忠寺の前に「赤池」があったからだといわれている。
世帯数と人口
2025年(令和7年)6月30日現在(横浜市発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 町丁 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 池辺町 | 6,177世帯 | 12,821人 |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 年 | 人口 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[9] | 9,045 |
| 2000年(平成12年)[10] | 9,413 |
| 2005年(平成17年)[11] | 9,662 |
| 2010年(平成22年)[12] | 12,218 |
| 2015年(平成27年)[13] | 13,010 |
| 2020年(令和2年)[14] | 10,945 |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 年 | 世帯数 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[9] | 3,485 |
| 2000年(平成12年)[10] | 3,738 |
| 2005年(平成17年)[11] | 3,909 |
| 2010年(平成22年)[12] | 4,996 |
| 2015年(平成27年)[13] | 5,337 |
| 2020年(令和2年)[14] | 4,849 |
学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2024年11月時点)[15]。
| 番・番地等 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 1〜6番地、21〜43番地 56〜60番地、81〜83番地 105〜132番地、727〜1390番地 2222〜2459番地、2472〜2480番地 2488〜2520番地、2547〜2627番地 3938〜4582番地、5484番地 5500〜5641番地、7000〜7024番地 | 横浜市立都田西小学校 | 横浜市立都田中学校 |
| 7〜20番地、44〜55番地 61〜80番地、84〜104番地 1391〜2221番地、2628〜3937番地 4583〜5481番地、5487〜5499番地 | 横浜市立都田小学校 | |
| 5482〜5483番地、5485〜5486番地 | 横浜市立鴨居小学校 | 横浜市立東鴨居中学校 |
事業所
交通
バス
道路

- 中原街道(神奈川県道45号丸子中山茅ヶ崎線)
- 横浜上麻生道路(神奈川県道12号横浜上麻生線)
- 緑産業道路(神奈川県道140号川崎町田線)
