沼崎山遺跡
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竪穴建物跡
登米市豊里町の北東部にある、最高標高約100メートルを測る丘陵地帯の南西端に立地する。標高は約26メートル。低地の水田面との比高は約10メートルを測る。
1978年(昭和53年)10月から12月にかけて、豊里町統合小学校建設事業に伴い、校舎建設予定地部分および工事用道路部分にあたる面積約5400平方メートルの範囲を、宮城県教育庁文化財保護課が発掘調査した。その結果、経塚、竪穴建物跡、掘立柱建物跡、焼土遺構、土壙、井戸跡、溝、ピット群が検出された[3]。
竪穴建物跡は6棟、丘陵の東および南斜面に造られていた。平面形は方形を基調としており、規模は、一辺2メートル前後の小型のものと、7メートルに達する大型のものがあった。いずれの建物跡も周溝がめぐり、カマドが付設されていた。平安時代のものと推定されている[3]。
掘立柱建物跡
掘立柱建物跡は5棟、大きな方形の掘方をもつものが2棟あった[3]。
焼土遺構
焼土遺構は1基で、平面形は、長軸1.8メートル、短軸0.8メートルの南北に長い長方形、残存壁高は約10センチメートルであった。堆積土中から、土師器片、須恵器片が出土した[3]。
その他の遺構
- 土壙が7基検出され、そのうちの3基は縄文時代のものと推定されている。
- 平面が円形の素掘りの井戸跡が3基
- 溝が8本
所在地
- 〒987-0357 宮城県登米市豊里町蕪木90-1
アクセス
- 三陸沿岸道路桃生豊里インターチェンジから車で7分
- 東日本旅客鉄道陸前豊里駅から、徒歩10分[1]
