法輪寺 (京都市西京区)
京都市西京区にある仏教寺院
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法輪寺(ほうりんじ)は、京都市西京区嵐山虚空蔵山町にある真言宗五智教団[1]の寺院。山号は智福山[2]。本尊は虚空蔵菩薩。十三まいりで有名である。
概要
歴史
寺伝によれば、もともとこの地には秦の始皇帝の子孫である弓月君(融通王)の一族・秦氏が建てた葛野井宮(かずのいぐう)があり、三光明星尊が祀られていたという。 その地に和銅6年(713年)になり、行基が元明天皇の勅願によって国家安穏、五穀豊穣、産業の興隆を祈願する木上山葛井寺(かづのいでら)として堂舎を建立したのが当寺の始まりであるという[2]。
以後は真言宗寺院として歴代天皇の勅願所となり、勤操、空海、覚鑁、明恵、日蓮などが参籠したという。
天長6年(829年)、空海の弟子である道昌が当寺に虚空蔵菩薩像を安置したという。また、道昌は大堰川を修築し、承和3年(836年)にはそこに当寺への参詣道でもある法輪寺橋を掛けている。この橋は後に亀山上皇によって渡月橋とも呼ばれるようになった(江戸時代までは正式名を法輪寺橋といった)。
貞観10年(868年)には寺名を法輪寺と改めたという[1]。
貞観16年(874年)に山腹を切り開いて堂を改修し、天慶年間(938年 - 947年)に空也が参籠して勧進し新たに堂塔が建てられたという。
応仁元年(1467年)、応仁の乱の際に西軍の畠山義就が東軍の成身院光宣を当寺の門前で迎撃した際に戦火を受けて罹災し、以後衰微してしまった。
慶長2年(1597年)に後陽成天皇により法輪寺再興勧進の勅旨を下賜され、前田利長の帰依を得て堂塔が再建された。その際、「智福山」の山号を天皇より賜っている。慶長11年(1607年)9月に盛大な落慶法要が行われた。
元治元年(1864年)7月の禁門の変(蛤御門の変)の時、長州藩の軍勢が対岸の天龍寺に駐屯して幕府軍や薩摩藩と合戦を行った際に巻き込まれて全焼した[2]。
1884年(明治17年)に本堂が再建されて以後も堂塔の再建が行われ、1914年(大正3年)に復興がなされた。
戦後に真言宗五智教団に所属するようになった。
当寺の本尊である虚空蔵菩薩が丑年・寅年の守り本尊であるため、牛と虎の像が置かれているほか、虚空蔵菩薩の使いとされる羊の像も置かれている。
伝承・説話
平安時代の説話集『今昔物語集』(巻十七第三十三「比叡山僧衣虚空蔵助得智語」)に、法輪寺の本尊である虚空蔵菩薩の霊験にまつわる次のような説話が収められている[6][7]。全31巻・1000余話におよぶ同書の中でも、屈指の長編である[7]。
- 比叡山で修行する一人の青年僧が法輪寺に参詣した帰途、一夜の宿を提供してくれた美しい未亡人に心を奪われ、その寝所に忍び込むが、『法華経』の暗誦ができなかったため女に断られる。これに奮起した青年僧は20日足らずで『法華経』を覚え、再び女のもとを訪ねた。気もそぞろに経をそらんじたのち、夜更けに女に添い臥すと、女は「どうせなら、3年修行を積み、正式な学問僧となってから契りを結びましょう」という。3年後、立派な学問僧となった青年は、法輪寺参詣後、三たび女の屋敷に立ち寄り、『法華経』に関する質問にもそつなく回答して、ついに女との添い寝を許されたが、腕を絡ませ合って話し込むうちに眠りに落ちてしまう。目を覚ますと奇妙なことに、たった一人嵯峨野辺りの野原に寝転んでおり、傍には衣が脱ぎ散らかしてあった。寒さに震えながら梅津で桂川を渡河した青年僧は、駆け込んだ法輪寺の御堂で一夜を明かしたが、夢に現れた小僧からある告白を聞かされる。実は、あの未亡人こそ虚空蔵菩薩の化身であり、女への関心を手がかりに学問へ導こうとする、菩薩のはからいであったと気付く。夢から覚めた青年僧は自らを恥じて悔悟し、以後一層学問に励み、真に優れた学問僧になった。
境内
文化財
行事
- 針供養 - 2月8日[9]。大きなコンニャクに、諸々の色糸をつけた大針を刺して供養し、針仕事の技術上達を祈願する。平安時代、清和天皇によって針供養の堂が当寺に建立されたことが由緒とされる[10]。
- 芸能上達祈願祭 - 3月10日[9]。茂山社中による奉納狂言が行われる。
- 十三まいり - 3月13日-5月13日(4月13日の前後1か月)および10月-11月[9]。本来は旧暦3月13日(新暦の4月13日)。「知恵詣り」とも呼ぶ。数え年で13歳になった男女が、健康を願い参詣する。また、お詣りが済んだ後の帰路、渡月橋を渡るまで、後ろを振り返ると知恵が本堂に帰ってしまうという言い伝えがある。
- 重陽の節句 - 9月9日[9]。陽数の極限の数字である「九」が重なるという意味で重陽という。菊酒を飲み、厄を祓い長寿を願って、「菊の被綿(きせわた)」という、前夜に菊に被せた綿に降りた露で身体を拭くと、長寿になると伝えられる。また、重陽の日に摘んだ菊の花を乾燥させ枕に詰めた「菊枕」は、菊の香りで長寿になると伝えられている。
- 針供養 - 12月8日[9]。全国から集まった廃針の法要を営む。読経後、古式装束の織姫が舞って、諸芸上達の福を授ける。
- 獣魂法要 - 毎年4月中旬、参道入口の獣魂碑前にて京都市食肉協同組合が主催し、畜肉の獣魂を慰霊する法要が行なわれる。
