湯浅芳子
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京都府京都市出身。裕福な商家に生まれる[3]。17歳で日本女子大学英文予科に入学したが、中退してロシア文学者の昇曙夢に師事[4]、早稲田大学露文科に聴講生として通い[4]、ロシア文学とロシア語を学び始める。作家の田村俊子にファンレターを送ったのをきっかけに、1915年から田村との交流が始まる[5]。田村は湯浅からの書簡をほとんどそまま使って小説「緑色」を執筆[5]。愛国婦人会機関誌『愛国婦人』の編集[1]に従事する中で、ロシア文学の翻訳・紹介を志す。24歳のとき京都の芸妓・北村セイと同棲[3]。
その後、野上弥生子の紹介で宮本百合子(当時は中条百合子)と知り合い[4]、1924年から当時の夫と離婚した百合子と共同生活を送る。1925夏には、百合子とともに北鎌倉の明月谷の貸別荘に滞在した[4]。1927年から1930年にかけて、百合子とともに当時のソ連に滞在。民間女性初のモスクワ遊学だった[4]。モスクワ大学の聴講生となり、チェーホフやゴーリキーを研究[6]。この時期のことは百合子の『伸子』『二つの庭』『道標』に詳しい。
帰国後は、ロシア・ソビエト文学の翻訳紹介を行い、21世紀まで読み継がれる翻訳を発表した。湯浅訳によるチェーホフ「桜の園」「かもめ」、ゴーリキー「どん底」などの舞台が次々に上演された[4]。1953年にはマルシャーク「森は生きている」を翻訳出版し、翌1954年に俳優座が上演すると評判を呼び、児童演劇の傑作とされた[4]。
1947年12月から1年間、婦人民主クラブ機関紙『婦人民主新聞』の編集長も務めた[1][7]。
1961年、草野心平らと田村俊子賞を創設、女性文学者の育成に尽力した[4]。賞の関係でたびたび北鎌倉の東慶寺を訪れた[4]。
百合子とは、彼女の再婚を期に共同生活を断ち、その後は深い関係には至らなかった。百合子は後年、湯浅との関係について「互の感情生活も極めて複雑であった」と夫婦にも似た関係であったことを書いている[8]。湯浅は晩年の1978年になって、自分宛の百合子書簡を編集、発表し、百合子の全集が刊行される前の時期の研究の深化に寄与した。同性愛者であり、百合子をはじめとして何人かの女性と同棲生活を送ったが、異性と恋愛関係になることは最後までなかった(瀬戸内寂聴「孤高の人」によれば処女のまま生涯を終えたという)。生涯独身を貫いたこと(ただし晩年は、茶人で尾崎一雄夫人の異母姉である山原鶴が事実上のパートナーだった)で、フェミニズムの立場からの注目も集まっている。
1969年には鎌倉静山荘に4か月ほど入居した[4]。
晩年は浜松市の老人ホームで暮らした[3]。1990年10月、93歳で没した。死後、彼女の功績を記念し、外国戯曲の優れた翻訳・脚色・上演を行った者に贈られる湯浅芳子賞が作られた。
死去の8か月前、沢部仁美が晩年の湯浅に取材し書き上げた『百合子、ダスヴィダーニヤ 湯浅芳子の青春』が刊行され、百合子との関係を含む半生が詳しく紹介された[9]。
1997年に生前の湯浅と交流があった瀬戸内寂聴により回想評伝『孤高の人』が出版された。2008年には百合子との往復書簡が刊行された。
2010年には日本映画『百合子、ダスヴィダーニヤ』(浜野佐知監督)が制作された。
著書
主な翻訳
- 『私は愛す』(アウデエンコ[注 1]、ナウカ社) 1936年
- 『処女地』(イワン・ツルゲーネフ、岩波文庫) 1936年、改版1974年
- 『ゴロヴリヨフ家の人々』(ニコライ・シチェードリン、世界文学社) 1948年、のち岩波文庫(上・下) 1975年
- 『その前夜』(ツルゲーネフ、岩波文庫) 1951年
アントン・チェーホフ
- 『チェホフ全集 妻に送つたチェホフ書簡集』(新潮社) 1928年
- 『妻への手紙』上・下(チェーホフ、岩波文庫)
- 『三人姉妹』(チェーホフ、岩波文庫) 1932年、改版 1950年
- 『チェーホフとゴーリキイ往復書簡集』(筑摩書房) 1941年
- 『桜の園』(チェーホフ、岩波文庫) 1950年
- 『伯父ヴァーニヤ』(チェーホフ、岩波文庫) 1951年
- 『かもめ』(チェーホフ、岩波文庫) 1952年、のち改版
- 『中二階のある家 / わが生活』(チェーホフ、岩波文庫) 1959年
- 『退屈な話 / 六号病室』(チェーホフ、岩波文庫) 1963年
マクシム・ゴーリキー
- 『ゴーリキイ全集 幼年時代 / 随筆』(改造社) 1931年
- 『二十六人と一人』(マキシム・ゴリキイ、山本書店) 1936年
- 『日記の中から』(ゴーリキイ、改造社) 1937年
- 『人間の誕生』(ゴーリキイ、岩波文庫) 1946年
- 『追憶』上・下(ゴーリキイ、岩波文庫) 1952年
- 『幼年時代』(ゴーリキイ、岩波文庫) 1968年
- 『世の中へ出て』上・下(ゴーリキイ、岩波文庫) 1971年 - 1972年
サムイル・マルシャーク
- 『森は生きている』(サムイル・マルシャーク、岩波少年文庫) 1953年、新版 2000年
- 『幸福はだれにくる』(マルシャーク、岩波少年文庫) 1956年
- 『魔法の品売ります』(マルシャーク、岩波書店) 1966年