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源氏物語絵巻

平安時代末期の絵巻物 From Wikipedia, the free encyclopedia

源氏物語絵巻(げんじものがたりえまき)は、源氏物語を題材にした絵巻物である。源氏物語を題材とする絵巻物は複数存在するが、本項では通称「隆能源氏」(たかよしげんじ)と呼ばれている平安時代末期(1119-1150年頃)の作品で、国宝に指定されている作品について述べる。

竹河二 春三月、場所は玉鬘邸。玉鬘の娘・大君と中の君の姉妹を垣間見る蔵人少将(右端)。姉妹(左手の邸内)は壺前栽(中庭)の桜を賭け物にして碁を打っている。簀子にいる盛装の女性は女房たち。
東屋一 手前は女房に髪を梳かせている宇治の中の君(後姿)。中の君の右に横顔の見えるのは女房の右近。奥は浮舟。匂宮に強引に言い寄られて傷心の浮舟をなぐさめようと、異母姉の中の君は物語絵を持ち出す。右近が物語の詞書を朗読し、浮舟はそれを聞きながら冊子の物語絵に見入る。この図は、当時の物語鑑賞や絵画鑑賞のあり方を具体的に伝える貴重な資料である。
柏木二 柏木は、源氏の君の正妻・女三の宮との密通事件の後、重い病に臥せていた。場所は柏木邸。病の床に臥す柏木は、見舞いに来た幼な友達の夕霧に後事を託す。
宿木三 琵琶を弾く匂宮と中の君。場所は匂宮の二条院の対の屋。匂宮は六の君(夕霧の娘)を北の方とし、中の君のいる二条院には滅多に顔を見せない。身重の中の君の想いは複雑である。そうした中の君の相談相手になってくれるのは薫だった。匂宮は琵琶を弾いて中の君をなぐさめようとするが、中の君には薫の移り香がし、匂宮は2人の仲を怪しむ。斜めの構図が男女の不安定な心を象徴する。庭の尾花が、季節が晩秋であることを告げる。

概要

かつて「隆能源氏」と呼ばれてきた『源氏物語絵巻』は、源氏物語を題材にして制作された絵巻としては現存最古のもので、平安時代末期の制作であるとされている。『伴大納言絵詞』、『信貴山縁起絵巻』、『鳥獣人物戯画』(いずれも国宝)とともに日本四大絵巻と称される[1]。なお、日本四大絵巻には鳥獣人物戯画の代わりに『粉河寺縁起絵巻』をあげる見解も存在する[2]。

本来は源氏物語の54帖全体について作成されたと考えられている。各帖より1ないし3場面を選んで絵画化し、その絵に対応する物語本文を書写した「詞書」を各図の前に添え、「詞書」と「絵」を交互に繰り返す形式である。全部で10巻程度の絵巻であったと推定される。

料紙は茶色のつけ染め、紫、丁字などでの隈ぼかし、胡粉や雲母(きら)を引いたり、金銀の中・小の切箔や大形の裂き箔、砂子、野毛、葦手をまじえた描き文様などにより、遠山や水辺の景をあらわしたり、砂子で霞や団雲をあらわすなど、あらゆる技法を駆使しつつ、自然の景観を再現している。また、大和絵技法の典型となる 引目鉤鼻や吹抜屋台、とくに長押、几帳を左右斜めに配した構図を多用した表現技法によって、寝殿造の空間性を造型した。これに、衣冠束帯、十二単をまとった作中人物達を配して描かれている。これらは、服飾史、建築史の最重要史料でもある。

また絵巻の芸術性については「金泥・銀泥などの顔料による、作り絵の色も鮮やかな各画面と、これをつなぐ料紙の装飾工芸美と、その上に書かれた流麗な仮名のつややかな墨の工芸美は、まさに「色の交響楽」と呼ぶにふさわしく、王朝の美的理念であった「調和美」の見事な具体例として、藤原文化の到達点の高さを示すものである」[3]とも評される。

名称

本項で解説する「源氏物語絵巻」は絵師を藤原隆能と伝えることから一般に「隆能源氏」と呼ばれていた。しかしながら、この絵巻を藤原隆能の作であるとすることについては特に確証はなく、現在では(古い時代の文献を引用する場合や、「かつて隆能源氏と呼ばれていた」といった表現をされる場合[4]を除いて)「隆能源氏」と呼ばれることはなくなりつつある。本絵巻物が製作されたのは12世紀前中期の成立説しかなく、近衛朝に活躍した藤原隆能の場合、年代が合わず、同時代資料『長秋記』等にも絵巻への関与も認められない。この呼称は、江戸時代の鑑定家住吉広行(1755年(宝暦5年)-1811年(文化8年))が『倭錦』において言い始めたことであり[5]、「隆能源氏」なる呼び方が広まったのは明治時代以後のことである[6]とされている。

源氏物語を題材にした絵巻物が数多くある中で国宝に指定されているものはこれだけであることから「国宝源氏物語絵巻」と呼ばれることもある。この呼称は所蔵先の五島美術館や徳川美術館のオフィシャルサイトやパンフレットなどにおいてしばしば使用されている。また所蔵先の名前を冠する形で「徳川本源氏物語絵巻」「五島本源氏物語絵巻」等と呼ばれることもある。

源氏物語を題材にした絵巻物は数多く存在し、「源氏物語絵巻」という名称で呼ばれる絵巻物もいくつか存在する。国宝本以外の著名な「源氏物語絵巻」としては狩野尚信によるもの[7]、久隅守景によるもの[8]、狩野栄川によるもの[9]等がある。しかしながら現存している源氏物語を題材にした絵巻物の中では、徳川・五島本が最も古く、最も著名であることから、単に「源氏物語絵巻」と呼ぶ場合には徳川・五島本を指すことが多い。

成立時期

本絵巻の成立については、以下の史料と本絵巻の関係をどう考えるかで説が分かれる。

源師時『長秋記』元永二年(1119)11月27日条

   午刻参院。…其次語云、「今夜除目三位中将可任中納言給」…入夜参東面御方。上皇毎事有恩□云々。参中宮御方。以中将君被仰云、「源氏絵間紙可調進」申承由。又上皇仰云、「図画可進」者。同申承由。
  鳥羽天皇17歳、中宮(白河養女、後に待賢門院)璋子19歳、白河上皇67歳。中宮は五月に皇子(のちの崇徳天皇、父は鳥羽、『古事談』に「叔父子」、皇子の父は白河院の意)を出産。源師時(皇后宮権大夫・長秋宮〈皇后宮の唐名〉)が白河上皇御所に滞在する中宮のもとに参上、中将の君なる人物を介して、上皇に「源氏絵の間紙」(詞書の料紙)を「画図」にしたものの調進が命じられた記録である。この文献が本絵巻制作の機縁とすると、1120年頃の成立となる[注 1]。また、小松茂美に絵詞四類の筆者を藤原教長とし、1150年頃とする説がある[10]。

現存状況

本絵巻で現存するのは絵巻全体の一部分のみである。

名古屋市の徳川美術館に絵15面・詞28面(蓬生、関屋、絵合(詞のみ)、柏木、横笛、竹河、橋姫、早蕨、宿木、東屋の各帖)、東京都世田谷区の五島美術館に絵4面・詞9面(鈴虫、夕霧、御法の各帖)が所蔵され、それぞれ国宝に指定されている。徳川美術館に所蔵されている3巻強はもと尾張徳川家にあったものである。一方、五島美術館にある1巻弱はもと阿波蜂須賀家にあったものが明治20年頃に他の美術品などと一括して美術商柏木探古に売却され[11]、その後実業家で茶人の益田孝(鈍翁)の所蔵となり、さらに戦後になって東京コカ・コーラボトリングの創業者・高梨仁三郎の所有となり、東急グループの総帥・五島慶太が同人の死の直前に買い取ったものである。

徳川本・五島本とも1932年(昭和7年)、保存上の配慮から田中親美によって詞書と絵を切り離し、巻物の状態から桐箱製の額装に改めたものの、徳川本に関しては、2018年(平成30年)、台紙が反ったり、紙に亀裂が出たりしたという、保存上の理由から、再び巻子本に表装し直された[12][13][14]。 このほか、東京国立博物館に若紫の巻の絵の断簡があり、書芸文化院の春敬記念書道文庫に飯島春敬が収集した末摘花、松風、常夏、柏木の詞書の断簡が、その他数箇所に若紫、薄雲、少女、蛍、柏木の詞書の断簡が所蔵されている。但し個人蔵とされているものの中には現在所在不明になっているものもあるとされている[15]。2015年11月13日、徳川美術館により源氏物語絵巻の修理過程で計3面から構図の異なる下絵が見つかったと発表された[16]。

伝来

徳川本・五島本が、それぞれ尾張徳川家・蜂須賀家に入る以前の伝来は、徳川義親による駿河御譲本説もあった[17]。ところが、徳川美術館学芸部長の四辻秀紀は、徳川・五島本『源氏物語絵巻』の来歴について、幕末に鷹司家から尾張徳川家、蜂須賀家に子女が嫁いでいることから、この説を否定し、鷹司家子女の嫁入り本として絵巻が贈られた可能性を、以下のように述べている[18]

明治維新に際して蜂須賀家の手を離れた五島本は、その後、古川躬行、蜷川式胤、柏木貨一朗と所蔵者を転々とし、明治末年には益田孝(鈍翁一八四八~一九三八)が入手、徳川本三巻の額面仕立てへの改装に準じて田中親美に額面に改めさせている。戦後に至り益田家を離れた五島本は、瀬津伊之助を経て高梨仁三郎、さらに五島慶太(一八八二~一九五九)の有となり、昭和三十五年(一九六〇)五島美術館の設立に伴ってこれに寄付され、今日に至っている。…これらの絵巻が、大坂夏の陣で豊臣家滅亡に際して徳川家康が蜂須賀とともにその倉庫に忍び入り、略奪した財宝類の中に含まれていたとする俗説が戦前に生み出された。…鷹司家にとって大切な絵巻(春日権現験絵)の一部や模本が何故に尾張徳川家や阿波蜂須賀家にもたらされたのであろうか。天保七年(一八三六)鷹司政煕の娘定子が近衛基前の養女となり尾張徳川家十一代斉温に入輿、一方鷹司政煕の娘幷子が蜂須賀家十二代の斉昌夫人に、鷹司政通の娘標子が蜂須賀家十三代斉裕子夫人となるなど、それぞれに深い婚姻関係にあり、その中で家の宝とも言うべき重宝が贈答されたと考えられる。国宝『源氏物語絵巻』もまた、『春日権現験絵』と同様に五摂家の一つ鷹司家からそれぞれの大名家にもたらされた可能性を視野に含め考えてもよいように思われる。(四辻2010、p.207)

詞書本文

横笛 詞書

絵巻の詞書(ことばがき)として絵に対応する源氏物語の本文が抄出して書かれている。この本文の内容は青表紙本や河内本といった現在一般的に知られている源氏物語の本文と大筋で同じながら部分的にかなり異なる本文も含んでおり、中には陽明文庫本などの、いわゆる古伝本系別本であるとする分析がある[19][20]。詞書本文は、現在、残っている源氏物語の本文として最も古いもので、平安朝の本文を今日に伝えてくれる現存唯一の重要なものである[21]。中村義雄は、詞書本文と現存『源氏物語』本文との差異を以下のように述べている[20]。

原文のある部分をほとんどそのままぬいてきたとみられるものに、絵合、柏木一、鈴虫一、二、御法、橋姫、早蕨、宿木三、東屋二があり、ある部分をぬき出し、さらに途中をカットして、その前後を続けたとみられるものに、蓬生、関屋、柏木二、三、横笛、竹河一、二、宿木一、二、東屋一があり、大胆な書きかえが行われているとみられるものに、横笛、夕霧がある。 p.99              

詞書の文を、池田亀鑑氏の『源氏物語大成』《校異篇》所収の現存本とくらべた結果、(「美術研究」174号、「源氏物語絵巻詞書」附 原典諸本との校合)、いちばん一致する本文をもっているものをあげると次のようになる。しかしなにぶん詞書はほんの一部分しかなく、柏木の巻のように決定的なものは少なく、判定勝ち程度のものも多いので、だいたい目安と言うことでごらんいただきたい。

(末摘花ー別本)、(蓬生ー青表紙本)、(関屋ー別本の陽明本、平瀬本)、(絵合ー河内本)、(松風ー河内本)、(薄雲ー別本)、(柏木ー別本の国冬本※)、(横笛ー別本の保坂本)、(鈴虫ー別本の麦生本、阿里莫本)、(夕霧ー別本)、(御法ー別本の保坂本、麦生本、阿里莫本)、(竹河ー別本の国冬本、伝西行筆静嘉堂文庫本)、(橋姫ー別本の横山本)、(早蕨ー別本の保坂本)、(宿木ー別本の陽明本、保坂本)、(東屋ー別本の池田本、御物本、陽明本) p.103-104

また絵詞本文の伝来については、この絵詞本文作成の際に参照した書本(かきほん)ひとつが別本の国冬本の系統であり、『河海抄』所引の従一位麗子本に一致するところがあることから、これらの本文系譜が一本に遡及されるとする説が唱えられている[22]。近時、了悟「光源氏物語本事」に見える摂関家伝来の源氏物語本文の記事と、「柏木」巻の詞書の本文特性が別本の保坂本、国冬本に近接するという調査結果とを勘案して、この詞書本文を「摂関家伝領本」群本文と措定し、この本文系譜の祖本に「紫式部日記」に見える紫式部の「源氏の物語」草稿本を想定する論も提出された[23]。

画風・書風

鈴虫 源氏の君は冷泉院から月見の宴に招かれる。柱を背に座るのが源氏、これに対するのが冷泉院。源氏の弟・冷泉院は、実は源氏と藤壺との密通によって生まれた不義の子であった。画面右の笛を吹く若い貴公子は源氏の子・夕霧とみられ、源氏は実の子と不義の子に挟まれて座している。

近年の研究の進展に伴って、現存する図柄から、顔を描くときの筆致・画風の違いなどから、秋山光和によって4つのグループに分類されている[24]。秋山光和説では、絵巻の献上先を白河院、絵巻作成の中心人物に中宮璋子を想定している。

  • A類 柏木、横笛、鈴虫、夕霧、御法の各帖
  • B類 蓬生、関屋の各帖
  • C類 早蕨、宿木、東屋の各帖
  • D類 竹河、橋姫の各帖

この秋山4分類説を受けて、小松茂美は、詞書の書風に、戦後相次いで発見された詞書のうち、薄雲、螢、常夏断簡をもって5類に加えた[25]。小松は1類「 柏木、横笛、鈴虫、夕霧、御法」の筆者は女性とし、4類「竹河、橋姫」の筆者を「今城切古今集」(1169年)との比較検討から藤原教長(1109-1180?)晩年の染筆とする。

( )内は断簡の発見された年と行数を示す。

  • 1類 柏木、横笛、鈴虫、夕霧、御法の各帖
  • 2類 蓬生、関屋、絵合断簡、松風断簡の各帖
  • 3類 若紫断簡(1970年2行)、末摘花断簡、乙女断簡(1967年2行)、早蕨、宿木、東屋の各帖
  • 4類 竹河、橋姫の各帖
  • 5類 薄雲断簡、蛍断簡(1959年9行)、常夏断簡(1971年2行)の各帖

小松説以降、絵のない5類を加えた5グループが、それぞれ、料紙、絵と詞書を担当したと考えられるようになった。

昭和復元模写

源氏物語絵巻(昭和復元模写)とは、櫻井清香により徳川美術館に保存されている原本を複製した物。最新の科学技術を使って原本を精確に複写した平成復元模写と違い、絵に櫻井清香自身の個性が反映されているため、原本とはまた違った絵画作品となっているとされる。

ギャラリー

関連項目

参考文献

  • 絵巻物詞書の研究 中村義雄 (角川書店、1982年(昭和57年) )ASIN - B000J7QCWE
  • 源氏物語絵巻を読む-物語絵の視界 久下裕利(笠間書院、1996年(平成8年)10月)ISBN 4-305-70164-2
  • 源氏物語絵巻とその周辺 久下裕利(2001年(平成13年)4月、新典社)ISBN 4787927108
  • 豪華〈源氏絵〉の世界源氏物語 秋山虔・田口栄一(学研、1999年(平成11年)7月)ISBN 4-05-401117-9
  • じっくり見たい『源氏物語絵巻』 佐野みどり(小学館、2000年(平成12年)2月10日)ISBN 4096070033
  • 図説源氏物語 (ふくろうの本) 石井正己(河出書房新社、2004年(平成16年)10月)ISBN 4-309-76054-6
  • だれが源氏物語絵巻を描いたのか 皆本二三江(2004年(平成16年)9月30日)ISBN 4-7942-1341-7
  • よみがえる源氏物語絵巻―全巻復元に挑む(日本放送出版協会、2006年(平成18年)2月25日)ISBN 4140810882

小説

  • 『愛と野望 源氏物語絵巻を描いた女たち』 長谷川美智子(文芸社、2012年(平成24年)2月)

テレビ番組

脚注

外部リンク

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