滝事件
From Wikipedia, the free encyclopedia
鈴木久夫こと趙昌国は戦前の1932年(昭和7年)、父親の友人をたよって16歳で朝鮮半島から日本に渡り、東京都内の学校を卒業したのち店員や工員として働いていたが、太平洋戦争終結直後、家族とともに北朝鮮に引き揚げた[1][3][4]。引き揚げ後は平壌直轄市近郊で工員として生活していた[3][4]。1959年6月頃、北朝鮮当局は彼を工作員として召喚し、短期間のスパイ教育をほどこした[1][3][4][注釈 1]。
趙昌国(当時42歳)は1959年7月31日、石川県羽咋市の滝漁港から密入国し、北陸鉄道能登線滝駅から列車に乗り、同線の終点羽咋駅で国鉄七尾線に乗り換えたものと推定される[4]。趙昌国は金沢行きの列車に乗車していたところ、石川県警察の警官に職務質問され、密入国の疑いで逮捕された[1][4][注釈 2]。逮捕は金沢駅に到着したところで行われた[4]。
趙に与えられた任務は、
などであり、彼が携行していたのは、乱数表、工作資金、偽造された外国人登録証などであった[4]。
趙昌国は、1959年11月9日、金沢地方裁判所において、出入国管理令(出入国管理及び難民認定法)・外国為替法(外国為替及び外国貿易法)および関税法違反、公文書偽造で懲役2年の判決を受けた[1][3][4]。趙は1961年(昭和36年)、帰還船で北朝鮮に戻った[1]。