牛首の戦い From Wikipedia, the free encyclopedia 牛首の戦い 戦争:牛首の戦い 年月日:紀元前698年 場所:鄭の東郊・牛首 結果:宋軍は鄭の東郊を襲い、牛首を取った。 交戦勢力 宋斉衛陳蔡 鄭 指導者・指揮官 荘公 厲公 春秋戦国時代 春秋時代 西周† 鄶† 牛首 譚† 泓水 城濮 遂† 邲 鄢陵 鳩茲 萊† 柏挙 斉 晋陽 戦国時代 陽翟 鄭† 桂陵 襄陵 馬陵 函谷関 函谷関 伊闕 宋† 済西 即墨 鄢郢 華陽 閼与 陘城 長平 西周公・東周† 東周公† 河外 趙・匈奴 函谷関 蕞 成蟜 衍氏 秦の統一戦争 鄴 平陽 肥下 番吾 韓† 趙† 燕・代† 魏† 城父 楚† 斉† †はその国の滅亡 表示 表示 牛首の戦い(ぎゅうしゅのたたかい)は、紀元前698年に発生した、宋を盟主とした、連合軍が鄭を討伐した戦い。 紀元前699年2月、鄭の厲公は宋の荘公があまりにも多くの賄賂を要求してきたので、魯・斉・紀(中国語版)と同盟し、宋を攻撃した。宋は衛・南燕の3国同盟軍で迎え撃った。しかし、宋は大敗した[1]。 紀元前698年冬、宋の荘公は1年前の敗戦の報復で、斉・衛・陳・蔡の4国と同盟を組み、鄭に侵攻した。宋連合軍は鄭の渠門を焼き、大逵(広道)にまで攻め込んだ。また、牛首を占領し、大宮(祖廟)の椽(たるき)を持って帰り、宋の盧門の椽に使用した[2]。この戦が牛首の戦いである。 脚注 ↑ 《春秋左氏傳 桓公十三年》:春,二月,公会紀侯・鄭伯,己巳,及斉侯・宋公・衛侯・燕人戦,斉師・宋師・衛師・燕師敗績。宋多責賂于鄭,鄭不堪命,故以紀・魯,及斉,与宋・衛・燕戦,不書所戦,後也。 ↑ 《春秋左氏傳 桓公十四年》:冬,宋人以諸侯伐鄭,報宋之戦也,焚渠門,入及大逵,伐東郊,取牛首,以大宮之椽,帰為盧門之椽。 Related Articles