甚兵衛 (印西市)
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小字
小字は以下の通り[3]。
- 堤内(ていない)
- 堤外(ていがい)
歴史
江戸期は甚兵衛新田であり、下総国印旛郡のうち。笠神埜原新田に属す。寛文年間笠神村御立野原を開発して成立。はじめ幕府領、元禄14年から佐倉藩領、享保8年から再び幕府領。村高は「元禄郷帳」「天保郷帳」ともに見えず、「旧高旧領」125石余。江戸中・後期は笠神埜原新田10か村組の1つで、天保3年十ヶ村請免状写によれば、畑・埜地・屋敷から成り反別20町6反余、年貢は永122文8分余を上納(吉植家文書)。明治6年千葉県に所属。神社は八幡神社・水神社(印旛郡誌)。明治22年埜原村の大字となる[4]。