田中恒利
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愛媛県東宇和郡俵津村[1](現在の西予市明浜町出身)で、半農半漁の家に生まれる[1]。家業だけでなく、青年団活動においても活躍した[1]。1953年に日本大学専門部社会学科を卒業。地元に戻り、愛媛県立宇和高等学校教諭、愛媛労農会議副議長を経て、1969年の総選挙で旧愛媛3区から社会党公認で立候補し初当選した。1972年、1976年、1979年の選挙にも3度立候補したが落選[2]した。それを経て、1980年にはトップ当選[2]となった。その後、1993年まで衆議院議員を6期務めたが、1996年に政界から引退した。同年11月の秋の叙勲で勲二等に叙され旭日重光章を受章する[3]。
政界引退後には、食糧難のアジア・アフリカの貧しい人たちに支援を送るために「食とみどり、水をまもる県労農市民会議」の議長を務めた[2]。