田中恒利

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生年月日 1925年4月1日
没年月日 (2014-01-12) 2014年1月12日(88歳没)
出身校 日本大学専門部社会学科卒業
田中 恒利
たなか つねとし
生年月日 1925年4月1日
出生地 愛媛県東宇和郡俵津村(現在の西予市明浜町
没年月日 (2014-01-12) 2014年1月12日(88歳没)
出身校 日本大学専門部社会学科卒業
所属政党 (日本社会党→)
社会民主党
称号 正四位
勲二等
旭日重光章
選挙区 旧愛媛3区
当選回数 6回
在任期間 1969年12月27日 - 1972年11月13日
1980年6月22日 - 1996年9月27日
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田中 恒利(たなか つねとし、1925年4月1日 - 2014年1月12日)は、日本政治家。元日本社会党衆議院議員(6期)。

愛媛県東宇和郡俵津村[1](現在の西予市明浜町出身)で、半農半漁の家に生まれる[1]。家業だけでなく、青年団活動においても活躍した[1]。1953年に日本大学専門部社会学科を卒業。地元に戻り、愛媛県立宇和高等学校教諭愛媛労農会議副議長を経て、1969年の総選挙で旧愛媛3区から社会党公認で立候補し初当選した。1972年1976年1979年の選挙にも3度立候補したが落選[2]した。それを経て、1980年にはトップ当選[2]となった。その後、1993年まで衆議院議員を6期務めたが、1996年に政界から引退した。同年11月の秋の叙勲で勲二等に叙され旭日重光章を受章する[3]

政界引退後には、食糧難のアジア・アフリカの貧しい人たちに支援を送るために「食とみどり、水をまもる県労農市民会議」の議長を務めた[2]

2014年1月12日、老衰のため死去[4]88歳没。死没日付をもって正四位に叙された[5]

人物

県民から「恒さん」の愛称で親しまれ[1]、社会党の「南予の顔」[1]となった。

選挙歴

脚注

参考文献

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