相川勝重
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1950年(昭和25年)生まれ。芝山町立芝山中学校及び千葉県立多古高等学校を卒業した後、千葉県立農村中堅青年養成所を修了、その後芝山町で農業に従事する[1]。
新東京国際空港計画(現・成田国際空港)に対し「何の相談もなく一方的に農地を奪い、空港を押しつけるのはおかしい」と成田空港問題に立ち上がり、20歳から三里塚芝山連合空港反対同盟(略称「反対同盟」)青年行動隊員として三里塚闘争を担っていた[2]。全国町村会のウェブサイトで、空港反対運動での逮捕歴が4回に上ることを明らかにしている[注釈 1][4]。東峰十字路事件では、凶器準備集合罪などで執行猶予付きの有罪判決を受けている[注釈 2][2][5][6]。
1980年(昭和55年)芝山町議会議員に初当選、 2期8年を務める[2]。以後、JA山武青年部長、成田空港地域共生委員会地域委員を歴任する。
1989年(平成元年)6月11日、「反対同盟」の推薦を受けて、芝山町長選挙に出馬するが落選[7]。
1993年(平成5年)にも町長選に出馬して敗れるが、同年10月19日に開催された成田空港問題円卓会議第2回に、選挙支援者らを中心とした住民団体である「ネットワーク芝山21」から参加する[8]。空港推進派を含む他の団体との折り合いをつけ、1994年(平成6年)9月13日の第11回円卓会議で、3市町(成田市・芝山町・大栄町)の地元団体からの統一見解を出すことに成功する[7]。
1997年(平成9年)12月7日、前町長が収賄容疑で逮捕されたことに伴い実施された町長選挙で、「2000年までに成田国際空港平行滑走路完成」や「芝山鉄道建設」などを公約に掲げて勝利し、3度目の挑戦にて芝山町長就任を果たした[2]。2001年(平成13年)に再選ののち、2005年(平成17年)、2009年(平成21年)と無投票当選。
2013年(平成25年)には12年ぶりの選挙戦となるも、2人の新人候補者を相手に勝利した[9]。