真光寺町
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河川
歴史
武蔵国都筑郡余戸郷に属し、その後、多摩郡小山田庄三矢田郷に属し、その後、多摩郡柏木領に属した。
地名の由来
村の中央にあった池が夜になると光ったので「真光池」と呼ばれ、1388年(嘉慶2年)11月に天台宗の僧の長弁が寺院を開き「真光寺」としたことに由来すると伝わる[5]。
沿革
- 1590年(天正18年) - 徳川家康の領地になり、旗本 飯田右馬之助昌有の知行地になる。
- 1696年(元禄9年) - 幕府直轄地になる。
- 1698年(元禄11年) - 分割され、一部が旗本 漆戸兵助義格の知行地になる。
- 1704年(宝永元年) - 残りが旗本 岡部和泉守長興の知行地になる。
- 1868年(慶応4年、明治元年) - 武蔵知県事の管轄となり、その後神奈川県に移管される。
- 1871年(明治4年) - 区制により第三〇区となる。
- 1873年(明治6年) - 区番組制により第八区四番組となる。
- 1874年(明治7年) - 大区小区制により第八大区一小区となる。
- 1884年(明治17年) - 連合戸長役場制により小野路村戸長役場の管轄となる。
- 1889年(明治22年) - 真光寺村と大蔵村、小野路村、金井村、広袴村、能ヶ谷村、野津田村、三輪村が合併し、南多摩郡鶴川村大字真光寺となる。
- 1893年(明治26年) - 神奈川県のうち、西多摩郡、南多摩郡、北多摩郡を東京府に移管され、東京府南多摩郡鶴川村大字真光寺となる。
- 1943年(昭和18年) - 東京都制により、東京都南多摩郡鶴川村大字真光寺となる。
- 1958年(昭和33年) - 町田町、鶴川村、忠生村、堺村が合併し、町田市真光寺町となる。
- 1968年(昭和43年)8月1日 - 真光寺町、大蔵町、能ヶ谷町、広袴町の一部より、鶴川一〜六丁目を新設。
- 1999年(平成11年)2月27日 - 真光寺町と広袴町の一部より、真光寺三丁目を新設。
- 2003年(平成15年)5月31日 - 真光寺町と広袴町の一部より、真光寺一丁目と二丁目を新設。
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[6]。
| 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 全域 | 町田市立鶴川中央小学校 | 町田市立真光寺中学校 |