野津田町
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河川
歴史
武蔵国都筑郡余戸郷に属し、その後、多摩郡小山田庄に属し、その後、多摩郡柚木領に属した。「野津田郷」とも呼ばれた。村の広さは東西28町、南北20町[6][7]。
鶴見川、小野路川、薬師池(福王寺溜池)、その他用水路により、比較的多くの水田や畑があった。
江戸時代に、野津田村は最初、捉飼場(鷹を訓養する場所)になったが、後に留場(放鷹の地で水鳥などを生息、繁殖させるため漁猟禁止地域)に組み込まれた。その後、金沢藩前田家の鷹場になった。
南部にあった多くの山林は長い間開発されなかったが、昭和の後期から宅地化が進んだ。
地名の由来
蔦(ツタ)が茂っていたことに由来し「野蔦」と呼ばれた[6]。
沿革
- 1577年(天正5年) - ため池(現在の薬師池)の工事開始。
- 1590年(天正18年) - ため池完成。徳川家康の領地になる。
- 1615年(元和元年) - 設楽長兵衛乗業が代官になる。
- 1625年(寛永2年) - 今井九右衛門昌安・忠昌が代官になる。
- 1658年(万治元年) - 中川八郎左衛門某代官になる。
- 1683年(天和3年) - 池田新兵衛重富が代官になる。
- 1684年(貞享元年) - 八木仁兵衛長信が代官になる。
- 1689年(元禄2年) - 西山八兵衛昌親が代官になる。
- 1692年(元禄5年) - 古郡文右衛年明が代官になる。
- 1698年(元禄11年) - 竹村惣右衛嘉躬が代官になる。
- 1700年(元禄13年) - 関東郡代 伊那半左衛門忠順の管轄。
- 1704年(宝永元年) - 旗本 多賀主税高国の知行地。
- 1707年(宝永4年) - 富士山の宝永大噴火でため池が泥砂で埋まった。(3年間かけて泥砂をさらった。)
- 1716年(享保元年) - 多賀氏の失脚により再度幕府の直轄地。
- 1721年(享保6年) - 一部が旗本 富田甲斐守知郷の知行地と幕府の直轄地に分かれる。支配が分かれても一村としてのまとまりを守ることを村内で確認。その後、残りの幕府の直轄地の一部が旗本 山口安房守直重の知行地。
- 1722年(享保7年) - 残りの幕府の直轄地の一部が旗本 由比長兵衛邑の知行地。
- 1728年(享保13年) - びゃく打ち(土砂崩れ)による大被害。広南(現在のベトナム)から2頭の象が渡来し、翌年、将軍吉宗の上覧を受けた。(象は1741年(寛保元年)に中野村百姓原助らに払い下げられた。)
- 1733年(享保18年) - 残りの幕府の直轄地が旗本 高井兵部少輔信房の知行地。以後、幕末まで旗本4家による支配が続く。
- 1817年(文化14年) - ため池が再び泥砂で埋った。(その後、再び掘り直した。)
- 1868年(慶応4年、明治元年) - 武蔵知県事の管轄となり、その後東京府、さらに神奈川県に移管される。
- 1871年(明治4年) - 区制により第三〇区となる。
- 1873年(明治6年) - 区番組制により第八区四番組となる。
- 1874年(明治7年) - 大区小区制により第八大区一小区となる。
- 1884年(明治17年) - 連合戸長役場制により小野路村戸長役場の管轄となる。
- 1889年(明治22年) - 野津田村と小野路村・金井村・大蔵村・真光寺村・広袴村・能ヶ谷村・三輪村が合併し、南多摩郡鶴川村大字野津田となる。
- 1893年(明治26年) - 神奈川県のうち、西多摩郡、南多摩郡、北多摩郡を東京府に移管され、東京府南多摩郡鶴川村大字野津田となる。
- 1943年(昭和18年) - 東京都制により、東京都南多摩郡鶴川村大字野津田となる。
- 1958年(昭和33年) - 町田町、鶴川村、忠生村、堺村が合併し、町田市野津田町となる。
- 1975年(昭和50年)12月26日 - 東京都により七国山緑地が「七国山緑地保全地域」に指定。
- 1976年(昭和51年)4月1日 - 薬師池公園が開園。
- 1986年(昭和61年)
- 1990年(平成2年)10月1日 - 野津田公園が開園。
- 1996年(平成8年)2月29日 - 東京都より「町田関ノ上緑地保全地域」に指定。
- 1998年(平成10年)10月27日 - 東京都より「町田民権の森緑地保全地域」に指定。
- 2005年(平成17年)3月26日 - 綾部原トンネルが開通する[9]。
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[10]。
| 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 1~2465番地、2467~2487番地、2490~3071番地 3079~3095番地、3143番地の2~7、3145~3146番地 3148~3161番地、3165~3170番地、3174~3178番地 3191番地、3230番地、3474~3475番地 3477~3479番地、3483~3487番地、3494~3542番地 3570~3573番地、3576~3578番地、3581~3583番地 3602番地 | 町田市立鶴川第一小学校 | 町田市立鶴川中学校 |
| 2466番地、2488~2489番地、3074~3078番地 3096番地~3143番地の1、3144番地、3147番地 3162~3164番地、3171~3173番地、3179~3190番地 3192~3226番地、3237~3473番地、3476番地 3480~3482番地、3488~3493番地 | 町田市立藤の台小学校 | 町田市立薬師中学校 |
交通
路線バス
- 小田急小田原線の町田駅・町田バスセンターと鶴川駅、横浜線の淵野辺駅から神奈川中央交通のバスが運行されている。
- 芝溝街道沿いにある神奈川中央交通町田営業所(野津田車庫停留所)がバスの主要発着所となっている。
- 以前は小田急バスも、小田急バス町田営業所を町内(神奈川中央交通の野津田車庫にほぼ隣接)に構えていたが、2022年10月に新百合ヶ丘営業所の開設に伴って閉鎖された。閉鎖されるまで営業所を結ぶ自社路線は運行されていなかった。
道路
- 東京都道57号相模原大蔵町線(芝溝街道) - 鶴見川の北を東西に横切る。
- 東京都道18号府中町田線(鎌倉街道) - 南北を横切る。袋橋‐大蔵交差点間が芝溝街道と重複しているため、しばしば渋滞を起こしていたが、2005年に新袋橋‐小野路交差点間を南北に貫く綾部原トンネルが開通し、交通状況が改善した。
- 東京都道156号町田日野線 - 図師町との町境にある並木交差点を起点とし、北東へ走る。
モノレール計画
2022年1月28日、多摩都市モノレールの町田方面への延伸に関し、野津田町西部の野津田高校、町田市立陸上競技場の近辺を通過するルートが選定されたことが東京都より発表された[11]。
施設

- 西山美術館
- 町田市立自由民権資料館
- 町田市ふるさと農具館
- 町田警察署野津田駐在所

- 北部
- 町田市立野津田公園
- 町田GIONスタジアム(町田市立陸上競技場)
- 野津田球場
- 上の原グラウンド
- 野津田公園テニスコート
- 村野常右衛門生家 (町田市指定有形文化財)
- 東京都町田関ノ上緑地保全地域
- 町田市立野津田公園

- 南部
- 町田市立薬師池公園 (日本の歴史公園100選)
- 薬師池 (福王寺溜池)
- 大賀ハス田
- 萬葉草花園
- 椿園
- 旧永井家住居 (国の重要文化財)
- 旧荻野家住居 (東京都指定有形文化財)
- 東京都七国山緑地保全地域
- 東京都町田民権の森緑地保全地域
- 町田ぼたん園(民権の森公園)
- 町田市立薬師池公園 (日本の歴史公園100選)

- 福王寺薬師堂 (野津田薬師堂)
- 野津田神社