神田愛花

日本の女性アナウンサー From Wikipedia, the free encyclopedia

神田 愛花(かんだ あいか、1980年昭和55年〉5月29日 - )は、日本フリーアナウンサー、タレント。

本名 日村 愛花(旧姓:神田)[1]
生年月日 (1980-05-29) 1980年5月29日(45歳)
身長 156cm
概要 かんだ あいか神田 愛花, プロフィール ...
かんだ あいか
神田 愛花
プロフィール
本名 日村 愛花(旧姓:神田)[1]
出身地 日本の旗 日本 神奈川県の旗 神奈川横浜市港南区
生年月日 (1980-05-29) 1980年5月29日(45歳)
身長 156cm
血液型 O型
最終学歴 学習院大学理学部数学科
所属事務所 セント・フォース
職歴 NHKアナウンサー
福岡(2003.6 - 2007.3)→東京アナウンス室(2007.4 - 2012.3))
活動期間 2003年 -
配偶者 日村勇紀2018年 - )
公式サイト セント・フォース
出演番組・活動
出演中 本文参照
出演経歴 本文参照
その他 第56回NHK紅白歌合戦スキウタ』お披露目隊
福岡局第2代地上デジタル放送推進大使
閉じる

セント・フォース所属。元NHKアナウンサー。身長156cm。本名:日村 愛花(ひむら あいか、旧姓:神田[1]。夫はお笑いコンビバナナマン日村勇紀

経歴

学生時代

神奈川県横浜市出身[2]。子供の頃はお転婆な所があり、小学校(受験に失敗して公立[3][4])で男子によるスカートめくりが流行った時に“ズボン下ろし”でやり返し[注釈 1]、教師にこっぴどく叱られたこともあるという[2]。小学6年生の頃に東洋英和女学院中学部を第一志望、大妻中学校を第二志望として中学受験し、合格した大妻に進学[2]

大妻中学校・高等学校学習院大学理学部数学科卒業[5]。中学・高校時代には生徒会長を務めた。

1993年、中学受験時に通っていた日能研の受験終了後の祝賀会に出席した際に日能研と『平成教育委員会』がタイアップしていたことから、『平成教育委員会』に出演していた逸見政孝が司会をしていた[6]。逸見が「初めて見たプロ(のアナウンサー)」であり、それまでざわついていたその場を一瞬で掌握して鎮めて話を始め、子供たちが真剣に話を聞いていたのを見て「アナウンサーという職業ってすごいな」と思い、アナウンサーになりたいと思い始めたきっかけの一つであったと話している[3][7][8]

高校1年生の頃に将来を見据えて文系理系を選ぶ際、アナウンサーになるために文系に進むべきか得意な理系の仕事に行くべきか迷った[2]。担任教師に相談すると「アナウンサーを目指すならいっぱい言葉を知っていた方がいい」と言われ、その時は「苦手な国語を勉強しないといけないなら、アナウンサーになれなくてもいいかな」と思い、理系の進路を選択[2]

大学時代は理学部数学科教授の飯高茂研究室に在籍した[9]。また、大学在学中には女性ファッション雑誌読者モデルとして登場したことがある。3年生時にはミスキャンパスコンテストに黒の全身タイツで臨み[10]、「準ミス学習院」に選ばれた[5](この時の司会はタイムマシーン3号[11]で審査員には梨花がいた[12])。サッカーサークル『アル中』のマネージャーを務めていた[13]

就職活動の際、大学の先輩たちから「企業によって時々、圧迫面接をされることがある」と聞いて不安になった[2]。圧迫面接を受けてでもやりたい仕事は何かを改めて自問したところ、「アナウンサーしかない」と思い、一転アナウンサーを目指すことを決意[2]。東京キー局の試験を順番に受けたが、民放は全部不合格で最後に受けたのがNHKだった[2]。当時私生活でNHKの番組をほとんど見たことがなく、一次面接でNHKでは何の番組が好きかを尋ねられ、少し前に見た『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』の内容を話した[2]。この応答に、面接官から普段NHKの番組を見ていないことを見透かされたが、合格した[注釈 2]

NHKアナウンサー時代

大学卒業後、2003年NHKに入局。初任地は福岡放送局であった[5]

同局時代、特に2005年以降は度々全国区の番組に出演、2005年には青山祐子の代役で『サタデースポーツ』、『サンデースポーツ』のキャスターを務めたほか、第56回NHK紅白歌合戦スキウタ〜紅白みんなでアンケート〜』のお披露目隊として先輩の高山哲哉とともに主に東日本を担当し日本全国を走り回った。2006 FIFAワールドカップ放送では、総合テレビで日曜日の朝に放送されていたウィークリーハイライトのサブMCも務め、このこともあり期間中は毎週上京していた。

2007年春の東京異動後、2年間務めた塚原愛の後任として「愛から愛花へ」のキャッチフレーズで『爆笑オンエアバトル』6代目司会[注釈 3]BS hiの番組『にっぽん力検定[注釈 4]の司会となった[注釈 5]2007年11月25日には、全国高等専門学校ロボットコンテストの全国大会の司会を担当した。

2008年フジテレビで放送された『FNS27時間テレビ!! みんな笑顔のひょうきん夢列島!!』内「さんま・中居の今夜も眠れない」では、明石家さんまが選ぶ「さんまのラブメイト10」の4位とされた[14]

2011年に発生した東日本大震災を機に、仕事の機会が広がるフリーへの転身を志す[15][16]

2012年1月にNHKを退職する意思を伝え[17]、3月31日付で退職。

フリーアナウンサー時代

NHKを去った後にフリー転身を目指して複数の芸能事務所と所属契約の交渉を行い、2012年7月、セント・フォースに所属することが決まる[18]

同年10月2日よりフリーとして活動開始。TBSラジオの『ザ・トップ5〜リターンズ』の火曜パーソナリティ[19] などを担当。

2013年4月から1年間フジテレビ『めざにゅ〜』のメインキャスター(月曜 - 水曜)を務めた[20]

2015年4月17日発売の写真週刊誌フライデーにて、お笑いコンビバナナマン日村勇紀との交際を報じられ[21]、双方の事務所も恋人交際を認めた[22]。ただし、神田と日村の双方の母親は二人の交際に反対していた[23]

2018年4月7日、日村との婚姻届を役所に提出し、結婚[24]。日村が当日のTBSラジオ『バナナマンのバナナムーンGOLD』で報告した。入籍日は日村と同事務所である芸人で手相占い師の島田秀平に、相談して決めた[25](2025年末に前髪を作ったのも島田の「年内に髪の毛を切ったほうが運気が上がる」との助言から[26][27])。

結婚後も旧姓で活動している理由について「神田だと神の字が付いているから、『』を失いたくない」と言ったことがその一つであると語っている[1]

コロナ禍を契機にアントニオ猪木の物真似を開始した[28]。2022年6月25日のフジテレビ『まっちゃんねる3』内「IPPON女子グランプリ」(タレントブロック)での珍回答連発は、話題を集めた[29][30][31][32]

人物

ハッキングが怖いという理由などで、ネット通販には消極的[33]

国語が苦手である。その理由について本人は、「本に書かれている文章から行間を読み解かなければいけないのが苦手。読み手によって解釈が変わるのが嫌。理数科目の問題の答えは一つなのに、国語は問題によっては答えがいっぱいあることが苦手なんです」と語っている[2]。NHKアナウンサー時代は漢字の読み間違いが多く[注釈 6]、また、選挙のニュースでは「公示」と「告示」の違いを分かっておらず大失敗したこともある[注釈 7]

3歳上の兄と弟がいる[34][35]

幼少期のあだ名は「ピンクちゃん」。母に買ってもらったのがリカちゃんでなくバービー。その影響でピンク色が好きになったという[36]。ランドセルも学校で一人だけピンクだった[4]

子供の頃は駄菓子の他に、「色が濃すぎる」「味が刺激的」という理由からカレーキムチが親から禁止され、ニンニクラー油も自宅に置いてなかった[37][38]

お気に入りのアニメは『シティーハンター』。本人によると、子供の頃はテレビ鑑賞は1日30分まで(プロ野球中継のみ例外[39])と決められていたため、その視聴時間を『シティーハンター』のために費やしていたとのこと[40]

プロ野球ファンで、母親の影響もあって広島東洋カープを応援し、幼少期は自身の地元にある横浜スタジアムで観戦していた。2024年5月4日にはテレビ新広島との縁から、カープの本拠地・マツダスタジアム[41]始球式をした(バッターは横浜の桑原将志[42]。また、ヤクルトスワローズ(現:東京ヤクルトスワローズ)のファンクラブに入っていた時期もあった[43]

郷ひろみの大ファン。きっかけは、母親が『How many いい顔』(神田が生まれた1980年の楽曲)をよく聴いていたことから[44]

本当に好きな歌舞伎役者は故・十代目坂東三津五郎だと、ゲスト出演した中村獅童の質問に対して、自身がMCを務めるバラエティー番組『ぽかぽか』(フジテレビ)で答えた[45]。また国立劇場の初春歌舞伎公演初日観劇で人間国宝七代目尾上菊五郎がセリフを失念した(トチリ)目撃談も語っている[46]

レオナルド・ディカプリオが全人類で一番かっこいいと考えている[47]

ジャーナリストとして、櫻井よしこ[48]安藤優子[49]を理想・目標としている。

趣味・嗜好

趣味は、海釣り[5][50]歌舞伎鑑賞[5]

資格・免許

出演番組

NHK勤務時

福岡放送局時代(2003年度 - 2006年度)
東京アナウンス室時代(2007年度 - 2011年度)

フリー転向後

〇:出演中

テレビ

ラジオ

ウェブテレビ

配信ドラマ

映画

連載

脚注

参考文献

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI