神農本草経
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『神農本草経』は神農氏の後人の作とされるが、漢代には医官制の太医院の前身も設立されており実際の撰者は不詳である。個々の生薬(漢方薬)について解説したもの。中国最古の薬物学書であるとされる[5]。1年の日数と同じ365種の薬物を上品・中品・下品(上薬・中薬・下薬ともいう)の三品に分類して記述している。上品(120種)は無毒で長期服用が可能な養命薬、中品(120種)は毒にもなり得る養性薬、下品(125種)は毒が強く長期服用が不可能な治病薬としている[3][6]。上品には人参、薏苡仁、甘草など、中品には葛根、紫根、貝母など、下品には連翹、附子、半夏などが含まれる[7]。
500年(永元2年)、南朝の陶弘景は本書を底本に『神農本草経注』3巻を撰し、さらに『本草経集注』7巻を撰した。陶弘景は内容を730種余りの薬物に増広(ぞうこう)している。
こうして中国正統の本草書の位置を占めるようになったが、長年の戦乱によって散逸し、現在見ることができるのは敦煌写本の残巻や『太平御覧』への引用などにすぎない。