私 (小説)

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作者 谷崎潤一郎
日本の旗 日本
言語 日本語
ジャンル 短編小説推理小説
発表形態 雑誌掲載
初出情報
初出改造1921年3月号
出版元 改造社
刊本情報
収録 『AとBの話』
出版元 新潮社
出版年月日 1921年10月15日
装幀 水島爾保布
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』(わたくし[注 1])は、谷崎潤一郎の短編推理小説1921年大正10年)2月[3][4]に書かれて、翌3月に改造社の『改造』誌上で発表された。単行本『AとBの話』(新潮社、1921年10月15日発行)[注 2]に初収録。

本作は、一人称で語られる叙述トリックを扱った推理小説で、同じトリックの先駆的作品として知られているアガサ・クリスティーアクロイド殺し』(1925年7月 - 同年9月夕刊紙に連載、タイトル:Who Killed Ackroyd? )のおよそ4年前に書かれている[注 3]

谷崎自身、『春寒(はるさむ)』[注 4]に「僕は自作の犯罪物では『途上』よりも二三年後[注 5]に発表した『私』と云ふ短編の方に己惚れがある」[8]と自賛している(引用にあたり新字で表記、以下同じ)。

あらすじ

私が一高の寄宿寮にいたころ、「蝋勉ろうべん」と称して夜な夜な同室の学生たち(樋口、平田、中村)とおしゃべりをするのが習慣となっていた[注 6]。ある晩、寮内の盗難が話題になった。泥坊は寮生に違いないという話で、廊下を逃げていくときに頭からスッポリ被っていた羽織下り藤の紋附だったということである。私の家紋が下り藤だったため、平田がチラリと私の顔色を窺ったように見えた。平田は私を忌み嫌っており、とくに近頃は私の陰口を言うようになり、そのため私と平田は互いに面白くない気持ちで付き合っていた。平田に疑われていると思った私は動揺し、「すると僕にも嫌疑が懸るぜ」と笑ってしまえばいいか、しかし全員が笑ってくれればいいが平田だけ苦い顔をしたら居心地が悪い、などと様々に考えを巡らせる。そして、今の私は真犯人と同じような煩悶や孤独を味わっているようだと思った。

中村は私に、寮の委員たちは君(主人公の「私」のこと)を疑っているが自分は決して疑っていない、と涙ながらに話す。そして、委員に私が疑わしいと告げ口をした人物について、私の推測に任せると言いながらも、平田であることを仄めかした。さらに聞くところによれば、私の肩を持つ樋口と中村は平田と対立し、平田は今日のうちに寮を出るのだと言う。それを聞いた私は、自分なんかのために君たちが友達をなくすのを見過ごすわけにはいかない、たとえ平田から嫌われていようと自分は彼を自分以上の人物であると尊敬しており彼が寮を出るくらいなら自分が出る、と主張した。結局その日、平田は寮を出て行かず、私もいま寮を出たらますます疑われてしまうため、少し機会を待とうと考えた。しかし、そうこうしているうちに樋口と中村の金銭と洋書も盗まれてしまう。

夜、樋口と中村が図書館に勉強に行き、平田と2人で部屋にいるのがつらい私も図書館に行くか散歩に行くかして部屋にいないようにしていたが、ある晩部屋に戻ってくると平田の姿がなかった。私が平田の机の引き出しから小為替を1枚抜き取り、懐に収めて廊下に出たところを、「ぬすツと!」と平田が私を張り倒す。そして平田は、部屋に戻って来た樋口と中村に私を突き出す。私は自分が泥坊であることを認め、泥坊を友達とした樋口と中村の浅はかさを指摘し、逆にごまかされずに私を疑った平田を称賛するのであった。

登場人物

一高の学生。青白くやせ型で神経質な性格。水呑み百姓枠で奨学金を使ってやっと学校に通えている。貧困学生であることに劣等コンプレックスを抱いている。作中では一人称の「私」によって語られるが、会話文の内容から「私」の名字が「鈴木」であると分かる。
樋口(ひぐち)
一高の学生。某博士の息子。裕福な家庭のお坊ちゃん。
平田(ひらた)
一高の学生。私をひどく嫌っている。頑丈で男性的な肉体の持ち主。
中村(なかむら)
一高の学生。私と同室。夜のおしゃべりに参加している。

解説

谷崎は本作について、「『私』は誰に読まれても恥かしくない作品である」[8]と自信を持って次のとおり記している。

これは自分の今迄の全作品を通じてもすぐれてゐるものの一つと思ふ。犯罪者自身が一人称でシラを切つて話し始めて、最後に至つて自分が犯人であることを明かにする。かう云ふ形式の書き方は伊太利のものにあると云ふことを後に芥川君[注 7]に聞いたけれども僕はそれを真似したのではなく、自分で思ひついたのである。さうしてそれが此の作品では単なる思ひつきでなしに、最も自然な、必須な形式になつてゐる。いたづらに読者を釣らんがための形式でなく、かうすることが此の作品では唯一の方法だつたのである。[8]

鈴木登美は本作の叙述トリックについて、「結末近くで寮内の泥棒は実は「私」であったと明かされるまで、読者は、犯罪の濡れ衣を着せられるという心理的現実を語り手は伝えようとしているのだとすっかり思い込んでしまう」[9]と、その効果を認めている。

三嶋潤子は、本作と同時期の作品、『異端者の悲しみ』(『中央公論』、1917年7月)、『前科者』(『読売新聞』、1918年2月21日 - 同年3月19日)、『AとBの話』(『改造』、1921年8月)などに共通するテーマとして〈悪人の孤独〉を指摘する一方、これらの作品の悪人たちにおいて「彼らの孤独からは、その切実さが十分に伝わってこない」[10]のに対し、本作は探偵小説の形式を借りることにより、「少なくとも「煩悶」「孤独」への共感を、一時的にしろ可能にしている」[11]と、〈悪人の孤独〉を読者に共感させている点で、本作を他の作品よりも上位に位置するものと評している。

収録書籍

単行本

併録作品:「AとBの話」「途上」「不幸な母の話」「倹閲官」「鶴唳」「月の囁き」「蘇東坡」
併録作品:「日本に於けるクリップン事件」「白晝鬼語」「或る罪の動機」「途上」「前科者」「黑白」
併録作品:「馬の糞」「不幸な母の話」「小さな王国」「前科者」「或る調書の一節」「西湖の月」
併録作品:「柳湯の事件」「人面疽」「呪はれた戱曲」「日本に於けるクリップン事件」「或る調書の一節」「前科者」
  • 『谷崎潤一郎犯罪小説集』集英社集英社文庫〉、1991年8月25日、67-90頁。ISBN 4-08-749739-9国立国会図書館書誌ID:000002128388 
併録作品:「柳湯の事件」「途上」「白昼鬼語」
併録作品:「柳湯の事件」「途上」「白昼鬼語」
併録作品:「秘密」「前科者」「人面疽」「呪われた戯曲[注 8]」「ハッサン・カンの妖術」「途上」「或る調書の一節」「或る罪の動機」「病褥の幻想」「白昼鬼語」「柳湯の事件」「日本に於けるクリップン事件」
英語版
併録作品:"A Portrait of Shunkin"(春琴抄) "Terror"(恐怖) "The Bridge of Dreams"(夢の浮橋) "The Tattooer"(刺青) "Aguri"(青い花) "A Blind Man's Tale"(盲目物語)

全集・選集

併録作品:「前科者」「柳湯の事件」「呪はれた戯曲」「途上」「或る調書の一節」「或る罪の動機」

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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