稲葉隆一

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国籍 日本の旗 日本
出身地 東京都出身(出生地は千葉県
生年月日 1941年5月15日
死没 2021年3月(79歳没)
稲葉隆一
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 東京都出身(出生地は千葉県
生年月日 1941年5月15日
死没 2021年3月(79歳没)
所属団体 JRA
初免許年 1974年
引退日 2012年2月29日
通算勝利 6920戦525勝
重賞勝利 中央14勝、地方交流2勝
G1級勝利 2勝
経歴
所属 稲葉幸夫/調教助手(1963 - 1964)
米国研修(1964 - 1974)
東京競馬場(1974 - 1978)
美浦T.C.(1978 - 2012)
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稲葉 隆一(いなば りゅういち、1941年5月15日 - 2021年3月)は、日本中央競馬会(JRA)美浦トレーニングセンターに所属していた元調教師。同じくJRA元調教師の稲葉幸夫は実父。

1963年東京競馬場の稲葉幸夫厩舎調教助手となる。

1964年アメリカ合衆国サンタアニタパーク競馬場のタミドール厩舎で研修を受ける。

1974年に調教師免許を取得し、1975年に東京競馬場に厩舎を開業。管理馬の初出走は1975年9月14日中山第4競走でササキドーターが3着。同年9月21日、中山第4競走でホワイトベルが厩舎初勝利を挙げる。

1978年、厩舎が美浦トレーニングセンターに移転。

1997年2月8日東京障害特別・春でマイネルトレドールが勝利し、重賞初勝利。同年8月31日新潟3歳ステークスクリールサイクロンが勝利し、平地重賞初勝利。

1998年12月20日スプリンターズステークスマイネルラヴが勝利し、GI初勝利を挙げる。

2011年中山グランドジャンプマイネルネオスが勝利し、最後のGIとなった。そして、2012年2月29日付で定年のため調教師を引退した[1]

逝去については公に報道されていないものの、かつて書籍で稲葉にインタビューを行ったこともある作家河村清明が、自身のブログで稲葉が岡田繁幸[注 1]の死去(2021年3月19日)から1週間ほどあとに病気のために亡くなったことを明かしている[2]

調教師成績

通算成績1着2着3着出走回数勝率連対率
平地4955455866711.074.155
障害302118209.143.244
5255666046920.076.158
日付競走名馬名頭数人気着順
初出走1974年9月14日-ササキドーター--3着
初勝利1974年9月21日-ホワイトベル--1着
重賞初出走1976年10月10日スプリンターズSシカゴ9頭83着
GI初出走1981年5月24日優駿牝馬クインヤマタケ24頭2018着
重賞初勝利1997年2月8日東京障害特別(春)マイネルトレドール10頭21着
GI初勝利1998年12月20日スプリンターズSマイネルラヴ15頭71着

主な管理馬

主な厩舎所属者

脚注

関連項目

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