第5期本因坊戦リーグ 1949年12月22-23日 藤沢庫之助-橋本宇太郎(先番)

布石で黒は5の点に飛びたいが、そうすれば白に右辺に開かれる。そこで黒1(19手目)に様子を見たのが橋本らしい才気溢れる手で、さらに黒3まで打って5に打ち、白は6に手を戻さざるを得ず、黒は右辺7のツメに回った。続いて黒は右下17、19と稼ぎ、白が厚くなると左下黒21と守った。しかしこの21は不急の手で、右辺aなどと打っていれば黒が相当であった。白40から激しい戦いになるが、左辺の白のシノギの手順でミスが出て黒が優勢となる。最後は中央の白の大石が死に、209手まで黒中押勝ちして橋本は面目を保った。
七番勝負で貝塚茂樹、高坂正顕は熱心に観戦し、高坂は岩本が苦吟する姿を見て「棋譜になってしまえば対局中の深刻な趣きは殆ど失われる。対局中は一手一手が危機の突破であり創造であり、問題的な未来であるのに、棋譜ではそれが解決された過去になり、確定された境位に変ずるからである。ベルグソンの言う通り時間は生の飛躍であり、過去になった時間はもはや時間ではない。実際の切羽詰った観は棋譜ではうかがい難い。」と観戦記で書いて読者に感銘を与えた。また、毎日新聞囲碁欄の棋譜は、従来盤面の上と横に「いろは」「和数字」が記されていたが、この1950年から洋数字に変わった。