リーグ戦参加者は、橋本宇太郎、木谷實、坂田栄男、宮下秀洋各八段、林有太郎、窪内秀知各七段、酒井通温六段、瀬尾寿五段で、木谷と坂田が6勝1敗となり、同率決戦で木谷が勝って挑戦者となった。
| 出場者 / 相手 |
木谷 |
坂田 |
橋本 |
宮下 |
窪内 |
林 |
酒井 |
瀬尾 |
勝 |
負 |
順位 |
| 木谷實 | - | × | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | 6 | 1 | 1(挑) |
| 坂田栄男 | ○ | - | × | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | 6 | 1 | 1 |
| 橋本宇太郎 | × | ○ | - | ○ | × | ○ | ○ | ○ | 5 | 2 | 3 |
| 宮下秀洋 | × | × | × | - | ○ | ○ | × | ○ | 3 | 4 | 4 |
| 窪内秀知 | × | × | ○ | × | - | × | ○ | ○ | 3 | 4 | 4 |
| 林有太郎 | × | × | × | × | ○ | - | ○ | × | 2 | 5 | 6 |
| 酒井通温 | × | × | × | ○ | × | × | - | ○ | 2 | 5 | 6 |
| 瀬尾寿 | × | × | × | × | × | ○ | × | - | 1 | 6 | 8 |
プレーオフ : 木谷-坂田、残留決定戦:宮下-窪内
第1局(1-60)
第1局は鎌倉市「和光」で行われ先番木谷勝ち。この時、勝った木谷が終始どことなく苦しそうであったと観戦者倉島竹二郎は述べている。第2局は青梅市「四季楽園」で先番高川勝ち。この終盤に控室では木谷優勢と見ていたが、観戦した医者が木谷の呼吸が不規則で乱れているので高川の勝ちを予測したということがあった。
先番で打ち分けた後の第3局は山形県山の上温泉「村尾」で、木谷が旅館の庭の滝の音が気になって止めさせるということがあったが、白番の高川がコミがかりで勝ち。
第4局(名古屋市「八勝館」)、第5局(和歌山県白浜温泉「古賀の井」)と黒番勝ちとなり、高川が3勝2敗とリードする。第6局も黒番の高川が、観戦記の梅崎春生が「名前通り、木谷は実をとり、高川は格をとったというところか」と書いたように手厚い碁形で中押し勝し、通算4-2で本因坊位を防衛した。
七番勝負(1953年)(△は先番)
| 対局者 |
1 5月18-19日 |
2 5月27-28日 |
3 6月5-6日 |
4 6月15-16日 |
5 6月26-27日 |
6 7月7-8日 |
7 |
| 本因坊秀格 | × | △○1目半 | ○3目半 | △○中押 | × | △○中押 | - |
| 木谷實 | △○1目半 | × | △× | × | △○2目半 | × | - |
第6局(17-31)
第8期本因坊戦挑戦手合七番勝負第6局 1953年7月7-8日 本因坊秀格(先番)-木谷實八段
2隅で白番の木谷独特の地に辛い定石になり、黒1(17手目)の局面で上記梅崎の評が書かれた。黒5では白6がいい形なので、一路左の二間がよかった。それに高川はすぐ気づいて黒7では修正した。白12では15に一間に飛んでおくべきで、黒15のボウシが布石の要点で、続いて黒は右辺に打込んで攻勢となり、手厚く打って中央を地模様にした黒が優勢になった。
第4局(1-40)
第4局では、黒29が高川の新手で、当時話題になった。高川の強さについての分析も現れるようになり、『棋道』1953年9月号の水野芳郎「囲碁の機械化」では「高川氏の碁は常識的である。全盤の均衡に重点を置いて淡々と布石して、機械的に能率をあげてゆくことに主眼が置かれているようだ」「この常識を統制し、計算し、配分して充分に駆使すれば、一人の大天才に対抗しても決して顔負けはしない筈である」という論評がされた。また高川タヌキ論への高川自身が『棋道』に掲載した反論では、「碁の性質によって全力を出したり、力をセーブしたりできるほど利口でもないし実力もない」「ある人々が考えている程僕は強くもないし、ある人々が考えている程、僕は弱くもない」と述べた。
この七番勝負の半年後に木谷は病に倒れ、2年間手合を休場することになった。