苗場スキー場

新潟県湯沢町のスキー場 From Wikipedia, the free encyclopedia

苗場スキー場(なえばスキーじょう)は、日本新潟県南魚沼郡湯沢町大字三国にあるスキー場。旧コクドの経営を引き継いだ西武グループ株式会社西武・プリンスホテルズワールドワイドが運営している。西武グループの総帥だった堤義明がスキー場を中心とした一大リゾート地を建設する構想を立て[3]、グループ系列の国土計画三国山脈筍山(たけのこやま、標高1789.7 m後述)一帯の土地を購入[4]1961年昭和36年)12月23日苗場国際スキー場という名称でオープンした[1]。その後、1973年(昭和48年)5月に現在の「苗場スキー場」に改称している[5]。日本最大級のリゾートホテルである苗場プリンスホテル1962年開業)がスキー場内に立地している。ゲレンデの標高差は約900 mにおよび[4]、積雪の深さは2 - 4 m、雪質は粉雪である[6]

所在地 〒949-6292
新潟県南魚沼郡湯沢町大字三国
座標 北緯36度47分40秒 東経138度46分40秒
旧名 苗場国際スキー場[1]
概要 苗場スキー場, 所在地 ...
苗場スキー場
Naeba Ski Resort
所在地 〒949-6292
新潟県南魚沼郡湯沢町大字三国
座標 北緯36度47分40秒 東経138度46分40秒
旧名 苗場国際スキー場[1]
運営者 西武・プリンスホテルズワールドワイド
開業日 1961年昭和36年)12月23日[1]
造設地形 筍山
標高 1,789 m - 900 m
標高差 889[2] m
最長滑走距離 4,000[2] m
最大傾斜 45
コース数 22本
コース面積 196 ha
索道数 12本
テレインパーク ボックス、キッカー
レール、テーブル
ウェーブ、パイプ
公式サイト 公式ウェブサイト
テンプレートを表示
閉じる

新潟県はスキー場が多い県であるが[7]、その中でも苗場スキー場は東京から2時間圏内の本格的スキー場であること[8]、また標高が高く雪質が良いことから、スキー客に人気があると評され[7]、日本を代表するスキー場[9]、日本屈指の集客力を誇るスキー場とも評されている[10]。1991年(平成3年)時点では単一スキー場としては日本一の収容数を誇り[11]、スキーブームにあった1992年平成4年)の入場者数は298万人で、スキーをしない者でもその名を知る場所と言われた[12]1998年平成10年)の正月三が日には東京ディズニーランドの21万人に次ぎ、苗場スキー場には日本の行楽地で2番目となる15万人の行楽客が訪れており[13]、また警察庁2003年(平成15年)末に発表した2004年(平成16年)正月三が日の人出予想でも、苗場スキー場は東京ディズニーリゾート (TDL) 、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン (USJ) とともに、10万人以上の人出が見込まれる行楽地3箇所の一つとして挙げられている[14]

概要

ゲレンデから湯沢町の街並

西武系の国土計画興業が湯沢町浅貝高原に1961年6月[15]もしくは7月から工事を開始し[16]、同年は建設費4億円を投じて筍山斜面に長さ474 m、308 m、666 mのリフト3本を建設、さらに鉄骨平屋建て1650平方メートルの大食堂、木造2階建て1150平方メートル(収容人数500人)を完成させ[15]、同年12月に第1期工事が完成、同月28日に新潟県知事塚田一郎や湯沢町長の角谷、国土計画興業社長の堤義明らが出席して開場式を行った[16]。その後、1964年(昭和39年)までに総工費70億円を投じてリフト6本、スケートリンク5面、そして1968年(昭和43年)の誘致を目指していた冬季オリンピックの選手村宿泊施設となる鉄筋コンクリートの建物20棟(合計66000平方メートル)、駐車場(バス1500台、乗用車1000台分)、4箇所で発着可能なヘリポートを建設する計画と報じられた[15]。開業当時はリフト3基で[15]、併せて500人収容のスキーハウス、1000人収容の食堂などが建てられ[17]、5万人のスキーヤーを誘致する予定と報じられた[15]。一般スキーヤーからプロスキーヤーに至るまで誰でも滑走できるように設計されている[6]。1973年(昭和48年)と1975年(昭和50年)にアルペンスキー・ワールドカップ苗場大会がこの苗場スキー場で開催されたことをきっかけに、参加選手や各国代表の役員から世界屈指のスキー場として認識され[6]、1974年(昭和49年)には初めて1シーズンの来場者数が100万人を突破、1982年(昭和57年)には200万人を突破した[18]

スキー場名の由来はゲレンデ裏側にある苗場山であるが[19]、苗場山麓に存在しているわけではなく、清津川を挟んで苗場山と向き合う筍山後述)の山麓にあり、苗場プリンスホテルを中心にゲレンデが構成されている。苗場山は筍山から北西約9 kmに位置する別の山であり[20]、スキー場の所在地は湯沢町三国、また周辺集落はそこを流れる川の名に由来する「浅貝」である[19]。浅貝の集落は苗場スキー場が開業するまでは炭焼き程度しか産業がない集落だったが、苗場スキー場の開業、アルペンスキーワールドカップ開催、またテレビ番組で芸能人が度々訪れたことなどをきっかけに知名度が向上していった[19]

スキー用品のレンタルや宅配便で送るサービスもあるため、手ぶら来場することも可能である。またプリンスホテルやゲレンデ(浅貝含む)のスキーチケット売り場、プロショップ、コンビニエンスストアおサイフケータイを使用したiDなどでチケット等が購入可能となっており、財布を持たずにスキーができるような工夫も施されている。

松任谷由実が毎年、30年以上にわたってライブを続けている他、1999年(平成11年)からはフジロック・フェスティバルの会場ともなっている。

2002年(平成14年)には、近隣のかぐらスキー場(旧 かぐら・みつまた・田代スキー場)との間に、当時世界最長のゴンドラ(区間全長は5,481 m:現在は日本最長)である「苗場・田代ゴンドラ」(ドラゴンドラ)が設置された。これにより苗場から田代・かぐら・みつまたの各スキー場にアクセスすることが可能になっており、全てのスキー場を総称して「Mt.Naeba」とも呼ばれる。ゴンドラはスキーのオフシーズン中は観光用として利用されている。

1990年12月27日には第4シングルリフト4番線で、リフトが強風(推定最大瞬間風速約30メートル)に煽られたはずみでワイヤーの一部が支柱の滑車から外れ、乗っていたスキーヤー10人が約7メートル下のゲレンデに転落(一部はリフトごと落下)する事故が発生、1人が首の骨を折る重傷、9人が打撲の軽傷を負った[21]。2006年シーズンに雪崩が発生し、客8人と従業員1人が負傷した[22]。2011年シーズンにも雪崩が発生している[23]

設計はオーストリアのスキー指導者、ルディ・マット(Rudolph Matt)による[24]

筍山

苗場スキー場を東麓の斜面に有する筍山(たけのこやま、山頂)は、湯沢町南部に位置し、南方の三国山脈に連なる標高1789.7 mである[20]苗場山の南東にあり[25]、山の西および北を清津川が、東をその支流である浅貝川が流れ、山域は上信越高原国立公園に含まれている[20]。山名の由来は、この山にヤマタケノコ[注 1]が多いことである[20]。山頂付近にはブナダケカンバによる落葉広葉樹林、およびオオシラビソによる針葉樹林がある[27]。スキー場開発が行われるまで、一帯は裏日本型のブナ原生林で覆われていたが、多くはスキー場開発のため伐採された[28]

山体の主な地質新第三紀中新統貫入岩である石英閃緑岩・石英斑岩で、山頂付近は第四紀苗場火山から古期に噴出した石英安山岩溶岩に覆われている[20]。筍山は第九管区海上保安本部により、新潟県内で最も早く初日の出(6時49分)が見られる地点として紹介されている[29]

営業期間

営業期間が比較的長いのも特徴の一つである。外気温の低下に依存しないスノーマシン(人工降雪装置)の導入によって営業開始時期が早まり、11月上旬から営業を開始することもあった。

同じくプリンスホテルが運営するかぐらスキー場についで営業期間も長い。春スキーの期間が比較的長いのも特徴の一つで、かつては5月中下旬頃まで営業していたこともあった。

ナイター営業

最も遅い時期は、毎日22時(週末は23時)まで営業しており、群馬県・新潟県の近隣のサラリーマンなどが日中の仕事を終えてから訪れる者も少なくなかった。現在は20時30分まで。

ゴンドラ・リフト

多くの来場者をカバーするため、ピーク時にはリフトやゴンドラは24基あったが、2017年(平成29年)時点では11基と半減させている[30]。 (参考レベル・距離・乗車人数)

営業中リフト

  • 苗場・田代ゴンドラ(ドラゴンドラ)(苗場—田代ゴンドラ・5481 m・8人乗り)[31]
  • プリンス第1ゴンドラ(初級・2221 m・6人乗り)[31]
  • プリンス第2ゴンドラ(初級・1753 m・8人乗り)[31]
  • 第3高速リフト(初級・724 m・4人乗り)[32]
  • 第4高速リフト(初級・766 m・4人乗り)[32]
  • 第5高速リフト(初級・655 m・4人乗り)[32]
  • 第8高速リフト(中級・779 m・フード付き4人乗り)[32]
  • 第4ロマンスリフト1・2番線(初級・325 m・2人乗り)[32]
  • 大斜面ロマンスリフト(中級・766 m・2人乗り)[32]
  • 筍平ロマンスリフト1・2番線(初級・426 m・2人乗り)[32]
  • 筍山ロマンスリフト(中級・560 m・2人乗り)[32]
  • 火打第1ロマンスリフト(初級・490 m・2人乗り)[32]

休止中・撤去済リフト

  • 第1高速リフト(初級・652m・4人乗り・撤去済)
  • 第2高速リフト(中級・1136m・フード付き4人乗り・撤去済)
  • 第6高速リフト(初級・668m・4人乗り・休止中)
  • 第7高速リフト(初級・922m・フード付き4人乗り・休止中)
  • 第2ロマンスリフト(初級・587 m・2人乗り・撤去済)
  • 第3ロマンスリフト(初級・483m・2人乗り・撤去済)
  • 第5ロマンスリフト(初級・402m・2人乗り・撤去済)
  • 筍山第2ロマンスリフト(中級・607m・2人乗り・撤去済)
  • 火打第2ロマンスリフト(初級・530m・2人乗り・撤去済)
  • 火打第3ロマンスリフト(初級・460m・2人乗り・撤去済)
  • 火打第4ロマンスリフト(中級・537m ・2人乗り・撤去済)

浅貝・白樺平ゲレンデ

  • 浅貝高速リフト(初級・795 m・4人乗り・撤去済)
  • 浅貝第1ロマンスリフト(初級・462 m・2人乗り・撤去済)
  • 白樺平第1ロマンスリフト(初級・460 m・2人乗り・撤去済)
  • 白樺平第2ロマンスリフト(初級・508 m・2人乗り・撤去済)

来場者数

1987年公開の映画私をスキーに連れてって』を契機とするスキーブームの時期は、ピーク時の来場者数が年間約380万人だった。当時、正月三が日の人出ランキングでも明治神宮東京ディズニーランドと並んで上位の常連であった。

近年[いつ?]は当時の1/3程度となっているが、それでも単一スキー場としての来場者数は1位である(エリアとしては志賀高原スキー場が1位)。

主な競技大会・イベント開催歴

ゲレンデ構成

山麓

  • 第1ゲレンデ
  • 第2ゲレンデ
  • 第3ゲレンデ
  • 第4ゲレンデ
  • 第5ゲレンデ
  • 第4高速ゲレンデ
  • 第6高速ゲレンデ
  • ダウンヒルコース
  • わくわくコース
  • チャレンジコース
  • 大斜面
  • らくらくコース
  • スプラッシュボール
  • 男子スラロームバーン
  • 男子リーゼンスラロームバーン
  • 女子リーゼンスラロームバーン

筍山

  • 筍平ゲレンデ
  • 筍山ゲレンデ
  • 筍山第2ゲレンデ
  • 筍山スカイラインコース

その他

  • テレインパーク
クロスコースとスロープスタイルコースがある。キッカー、ボックスなど。
  • パンダルマンゲレンデ
幼小児専用のソリゲレンデ。4号館正面にある。
  • 浅貝ゲレンデ
苗場プリンスホテルから南東に約1.2kmの場所にある。元々西武グループとは無関係の施設だった苗場スノーパルマベルカント1993年に浅貝スキー場から改名)を、1994年12月に買収した。買収以前からスノーボードを開放しており(当時、苗場スキー場はスノーボード全面禁止だった)早期からハーフパイプを建造し、スノーボードパークが有名であった。2009年-2010年シーズンから2010年-2011年シーズンは、スキー専用ゲレンデであった。2014年度をもって営業を終了している。
  • 苗場ファミリーゲレンデ
浅貝ゲレンデの南側の、西武系が分譲する苗場別荘地内にかつて存在したスキー場。一人乗りリフトが1本だけの非常にローカルなゲレンデであったが、後に取り壊されている。
  • 白樺ゲレンデ
国道17号線をはさみ、苗場プリンスホテルの東に位置する。リゾートマンションの西武ヴィラ苗場に囲まれる。2011年度をもって営業を終了している。
  • 三国スキー場
名前は異なるものの、実質的に苗場スキー場と同じ運営で、リフト券は苗場と共通の物もあった。本スキー場から南へ約4km、国道353号の行き止まり地点に存在。2004年度をもって閉鎖。スノーボードは全面禁止だった時期もある。

施設

苗場プリンスホテルと営業中のゲレンデ
苗場プリンスホテル

スキー場利用者に最適化されたホテルで、ゲレンデに隣接している。ゲレンデ側の部屋からは美しいナイターのライトアップが楽しめる。ファミリー、カップルなどそれぞれに適した宿泊プランがある。バブル景気時のスキーブームの時などは、クリスマスや正月の予約は夏の時点で予約がいっぱいになることが多かったが、、バブル景気が終わった1990年代前半のスキーブームの終焉とともに来場者が減少し、2010年には小中学校の夏休み期間を除いて夏季営業を停止した。現在も夏休み期間と冬季の営業は行うものの、利用者数はスキーブームのころと比べ激減しており、年始年末を除くと予約を取りやすくなっている。

苗場プリンスホテルのほかにも多くの宿泊施設やリゾートマンションがゲレンデ周辺には存在する。

日帰りスキーセンター(N-Plateau)

日帰り専用駐車場側にある、スキーセンターで、更衣室、待合室、コンビニエンスストア、ロッカー、温泉足湯などの施設がある。

子供用施設

託児所、授乳室、レンタル個室などが用意されている。

レストラン

ゲレンデ、プリンスホテル内あわせて30近くのフードコーナーがある。寿司蕎麦イタリアン中華料理ラーメン焼肉ステーキフレンチからファーストフードショットバーとほとんどのジャンルがそろっている。

冬季間以外

  • 苗場プリンスホテルゴルフコース - ゲレンデ下部にあるゴルフコースで夏から秋にかけて営業していたが、2009年をもって営業停止。
  • フジ・ロック・フェスティバル - 毎年7月下旬頃、スキー場一帯を利用した野外音楽フェスティバルが開催されている。このイベントは3日間でおよそ13万人を動員するものであるため、今ではスキー以外にこれといった観光がない冬場以外で、苗場に人を呼べる「夏の目玉」として町をあげての一大興行に成長している。

スキースクール

  • 苗場スキースクール
  • 苗場藤島スキースクール
  • 苗場雪塾

交通

テレビコマーシャル

さらに見る 年, 歌手名 ...
歌手名曲名備考
1987-1988 松任谷由実 サーフ天国、スキー天国 映画「私をスキーに連れてって」挿入歌[33]
1988-1989 松任谷由実 ガールフレンズ [33]
1989-1990 松任谷由実 届かないセレナーデ 『WeekDayの苗場、誰も知らない休日篇』[34]
1990-1991 松任谷由実 Man in the Moon 『プライベートホリデイ in 苗場篇』[34]
1991-1992 松任谷由実 タイムリミット 『カ~バ篇』[34]
1992-1993 松任谷由実 ミラクル 『スターと天使が出会う山…苗場プリンスホテル篇』[34]
1993-1994 松任谷由実 BLIZZARD(instrumental) 『愛の谷間や愛の山場に…苗場篇』[34]
1994-1995 松任谷由実 Oh Juliet 『あの人と行って、この人と帰ってきた…苗場篇』[34]
1995-1996 松任谷由実 Broken Barricade 『スキーの踊り場、冬の苗場篇』[34]
1996-1997 松任谷由実 別れのビギン 『プリンセスにはプリンスです篇』[34]
1997-1998 松任谷由実 パーティーへ行こう 『スキーに愛がともナエバ篇』[34]
1998-1999 松任谷由実 groove in retro 『スキーな人とナエバ篇』[34]
2000-2001 RIZE ROCKS [34]
2002-2003 Wish* Eternal Snow [34]
2003-2004 松任谷由実 水槽のJellyfish [35]
2005-2006 なっちゃんPEAK チャイナビート [36]
2007-2008 グックル Windy Road [37]
2008-2009 MASH 光り輝く明日へ
閉じる

舞台となった作品

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI