紀元前260年
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できごと
シチリア
- アグリジェントからのローマ軍の西進は、包囲されたセジェスタやマセラを解放しながら続いた。これらの街はローマ側につき、カルタゴからの攻撃を受けることとなった。
- ハンニバル・ギスコは、メッシーナ海峡のカルタゴ軍を統括する提督として、シチリアでの戦いに戻った。ローマが最初の海軍を派遣しようとしていたことから、カルタゴはこれを妨害することを決めた。ギスコはローマ軍の一部を破り、エオリア諸島付近で執政官のグナエウス・コルネリウス・スキピオ・アシナを捕虜とした。「ロバ」を意味する「アシナ」という渾名は、この戦いの際に名付けられた。しかし、周辺の海域に大量のローマ軍が進出してきており、カルタゴのこの勝利は限定的な意味しか持たなかった。
- カルタゴ軍の海域での優位性に対する自信から、ギスコはミュラエの戦いで伝統的な直線状布陣を敷いた。海戦の経験がなかったにもかかわらず、執政官ガイウス・ドゥイリウスは、四爪錨やコルウスを利用する等、海戦に地上戦の戦術を取り入れることで、カルタゴ軍を壊滅させた。
- ミュラエの戦いで勝利したローマ軍は、シチリア北部からテルメーへ侵攻したが、そこでハミルカルの率いるカルタゴ軍に敗れた。
エジプト・シリア
- 第二次シリア戦争
- この頃、叙事詩人ロドスのアポローニオスがアレクサンドリア図書館の館長となった。
中国
誕生
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