慶長4年(1599年)、初代藩主・織田信包の3男として誕生した。
慶長19年(1614年)、父の死去により家督を継ぐ。遺領の相続にあたって、兄・信重から異論が出されるものの、信則の相続は信包の遺言によると認めた幕府によって退けられた。元和2年(1616年)10月25日、従五位下・侍従に叙任する。後に従四位下侍従に昇進した。元和6年(1620年)1月18日、大坂城の修築工事を命じられる。寛永3年(1626年)、3代将軍・徳川家光の上洛に付き従った。
寛永7年(1630年)正月2日、死去。法号は陽岩徳公恵照院。墓所は東京都渋谷区恵比寿南の松泉寺。