芝山努
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| しばやま つとむ 芝山 努 | |||||
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| 生年月日 | 1941年3月9日 | ||||
| 没年月日 | 2026年3月6日(84歳没) | ||||
| 出生地 |
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| 死没地 |
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アニメーター アニメーション演出家 アニメーション監督 | ||||
| 活動期間 | 1963年 - 2026年 | ||||
| 事務所 | 亜細亜堂コンテンツ代表 | ||||
| 主な作品 | |||||
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キャラクターデザイン・総作画監督 『元祖天才バカボン』 『はいからさんが通る』 『おねがい!サミアどん』 監督 『がんばれ!!タブチくん!!』シリーズ 『新・ど根性ガエル』 『ドラえもん』 『映画ドラえもん』シリーズ 『らんま1/2』 『ちびまる子ちゃん』 『忍たま乱太郎』 『ニャニがニャンだー ニャンダーかめん』 『まじめにふまじめ かいけつゾロリ』 | |||||
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芝山 努(しばやま つとむ、1941年〈昭和16年〉3月9日[3] - 2026年〈令和8年〉3月6日[4][5])は、日本の男性アニメーター、アニメーション演出家、アニメーション監督。亜細亜堂コンテンツ代表取締役。東京都台東区浅草出身[1]。
生い立ち
浅草で4代続いた三味線付属部品の卸・販売業の次男として生まれ、母方の祖母は歌舞伎役者の髪結いをなりわいとしており、幼少期から芸事や芝居など下町文化に触れることが多かった[6]。
埼玉県立春日部高等学校、明治大学文学部演劇学科を卒業後、演出家を志望して、東映本社のCMの企画・演出の募集に応募するも不合格。そこで「アニメーションは演出の勉強になるから」と紹介された東映動画(現:東映アニメーション)の採用試験を受けたのがアニメ業界入りのきっかけだった。
東映動画〜シンエイ動画
1963年に東映動画に契約社員として入社し、長編アニメ映画『わんわん忠臣蔵』で動画デビュー。『狼少年ケン』の動画担当時に林静一に師事し、絵柄等で多大な影響を受ける。
1966年にAプロダクション(1976年よりシンエイ動画に改組)へ移籍。東映動画が長編アニメーションの制作を縮小したのと、先に移籍していた楠部大吉郎や東映動画の同期生・小林治から誘われたのが動機だった。
Aプロ〜シンエイ動画では『ムーミン』『天才バカボン』『ど根性ガエル』『元祖天才バカボン』など数々の名作の作画監督、演出を手がける。
亜細亜堂を設立
1978年、シンエイ動画を退社し、小林治・山田みちしろらと亜細亜堂を設立する。
1979年、『がんばれ!!タブチくん!!』で初めて劇場用作品の監督を務める。
『ドラえもん』の映画版大長編では、1983年の第4作から2004年の第25作までの22作で監督を務め、『ドラえもん のび太の南海大冒険』で第53回(1998年度)毎日映画コンクールアニメーション映画賞を受賞。その後、自らも第60回(2005年度)毎日映画コンクールアニメーション映画賞の選考委員を務めた。
2000年代からは、亜細亜堂の関連会社である亜細亜堂コンテンツの代表取締役を務める。2006年には『まじめにふまじめ かいけつゾロリ』の総監督を務めた。
晩年〜死去
2012年、平成24年度文化庁映画賞を受賞(映画功労部門)[7]。
2026年3月6日、肺がんにより死去。84歳没[8][9]。なお、この日は芝山が『ドラえもん』の映画版大長編で初監督を担当した『ドラえもん のび太の海底鬼岩城』のリメイク作である『映画ドラえもん 新・のび太の海底鬼岩城』の公開1週間後であった。3月21日放送分の『ドラえもん(テレビ朝日版第2期)』では、エンディングがテーマを含めて変更され、その冒頭にて追悼のテロップが流れた。藤子・F・不二雄ミュージアムも、哀悼の意を表した[10]。
人物
見やすく、アニメーターが絵を描くことに力が軽減でき、キャラクターの演技をさせやすいカメラアングル・変化のあるカメラワークで魅せるアクション[11]・綿密な時間計算・細かい絵など、繊細な絵コンテで知られる。『ドラえもん のび太とロボット王国』『ドラえもん のび太とふしぎ風使い』は書籍化もされた[12][13]。
『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』や『カラフル』などの監督である原恵一が芝山の絵コンテに絶大な影響を受けていると発言するなど、その精緻な絵コンテは数多くのアニメーター・演出家に影響を与えている[要出典]。
かつては、「ドラえもんの芝山さん」「芝山さんのアニメは安心して見られる」との評価が不満で、「僕は人間のドロドロした内面も描きたい」と語っていた[要出典]。
評価
本郷みつるは、芝山について「とにかく圧倒的な仕事の質と量です。現場から引退されてしばらく経ちましたが、後世に残した影響は計り知れません」とコメントしている[14]。
大塚康生は、『ムーミン』で「芝山努さんと小林治さんに作監の手伝いをやってもらったのも、新鮮な驚きでした。芝山さんの小味のきいた演技と、ちょっとトボけてあたたかい小林さんの演技も『ムーミン』の完成度に大きく貢献しています」とコメントしている[15]。
吉川惣司は、『ルパン三世 ルパンVS複製人間』でレイアウトを務めた芝山の手腕を絶賛している[16]。
大武正枝は、『ルパン三世 ルパンVS複製人間』の芝山によるレイアウトについて「鳥肌ものっていうか、プロはこういうものなのか!こうやれないとプロにはなれないのか......と思いました」とコメントしている[14]。
眠田直は、「『ルパン三世 ルパンVS複製人間』のレイアウトも芝山努の仕事。ビスタの横長画面を存分に使いきった構図の腕はお見事というほか無い。絵描きはみんなここから勉強するといいよ。[17]」「芝山努氏の凄みは『ルパン三世 ルパンVS複製人間』を1本観るだけでわかる。この映画ではレイアウトを担当しておられるが、いまだに16:9画面で、芝山氏の構図を越えるアニメが無い[18]」とツイートしている。