ムーミン (アニメ)

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監督大隅正秋(演出、第1話 - 第26話)
りんたろう(チーフディレクター、第27話 - )
アニメーション制作Aプロダクション(第1話 - 第26話)
虫プロダクション(第27話 - )
ムーミン
ジャンル コメディファンタジー
アニメ:1969年版
原作 トーベ・ヤンソン
監督 大隅正秋(演出、第1話 - 第26話)
りんたろう(チーフディレクター、第27話 - )
アニメーション制作 Aプロダクション(第1話 - 第26話)
虫プロダクション(第27話 - )
製作 フジテレビ
東京ムービー(第1話 - 第26話)
虫プロダクション(第27話 - )
放送局 フジテレビ系列
放送期間 1969年10月5日 - 1970年12月27日
話数 全65話
アニメ:1972年版
原作 トーベ・ヤンソン
監督 りんたろう(チーフディレクター)
アニメーション制作 虫プロダクション
製作 フジテレビ、虫プロダクション
放送局 フジテレビ系列
放送期間 1972年1月9日 - 12月31日
話数 全52話
ムーミン
ムーミンパパ
ムーミンママ
ノンノン
ミイ
スニフ
スナフキン
岸田今日子
高木均
高村章子
武藤礼子
堀絢子
富田耕生
西本裕行
テンプレート - ノート

ムーミン』は、トーベ・ヤンソンの同名の小説『ムーミン』シリーズ、および彼女と末弟ラルス・ヤンソンの共著による『ムーミン・コミックス』を原作とした、日本のテレビアニメシリーズ。ムーミンが日本で広く知られるようになるきっかけとなった作品である[1]

本シリーズは、フジテレビ系列カルピスまんが劇場[注釈 1]』(毎週日曜19:30 - 20:00(JST)にて、以下の2度にわたって制作・放送された。

  1. 1969年10月5日 - 1970年12月27日まで全65話が放送された、東京ムービー虫プロダクション制作のもの。旧ムーミンと呼称される。
  2. 1972年1月9日 - 12月31日まで全52話が放送された、虫プロダクション制作のもの。新ムーミンと呼称される。

この他にも、シリーズ全体をまとめて『昭和ムーミン』や、初期のキャラクターデザインを担当した大塚康生の名前をとって『大塚ムーミン』と呼称する場合もある他、後年制作された『楽しいムーミン一家』を新作として、本シリーズの2作品をそれぞれ旧作の前期版・後期版と位置づけることもある。

以下、本項目では便宜上1.を1969年版、2.を1972年版と呼称する。

2024年現在、ソフト化や配信・放送が一切行われておらず、視聴が困難になっている(後述)。

制作

最初の1969年版は、もともと『ルパン三世 (TV第1シリーズ)』(1971年 - 1972年)の準備にあたっていた、東京ムービーのスタッフチームによって企画・制作されたもので、同作品の制作が決定し制作に入るまでの期間内に、2クールのみの約束で企画された[2]

チーフプロデューサーを担当した町田仁によると、最初の1969年版の企画時には対案に別企画[注釈 2]が提示されていた。しかし、スポンサーのカルピスが「視聴率は取れるかもしれないが、情報公害を流す懸念のあるものに手を出すことはできない」と主張、『ムーミン』に決定した[4]

演出を担当した大隅正秋によると、制作の際には『ムーミン・コミックス』を参考にしており、アニメ化に伴うアレンジも、そのコミックス以上にならないことを意識しているという[5]

声優の配役については、過去に「岸田今日子がムーミンの原作を読んだ」という新聞のコラムを見たことを覚えていた大隅が、岸田をムーミンのイメージ配役として企画に出したところ、広告代理店が飛びつき岸田に決定。あとは岸田と演技のバランスをとるため、それまで声優活動を行っていなかったムーミンパパ役の高木均をはじめ、知名度より実力のある役者が起用された[6]

雪室俊一によれば、スナフキンなど原作にない独特のキャラクターの性格は、脚本の山崎忠昭の考案によるものであるという[7]。スノークのキャラクター作りには、広川太一郎のアドリブが貢献した[6]。本シリーズ独自の設定であるスノークのお嬢さんの「ノンノン」という名は、音響監督の田代敦巳が大隅の妻の愛称「ノンちゃん」を基に決めたものである[8]

本シリーズは、日本国外の児童文学を原作としたという点で、日本のテレビアニメでは嚆矢とも言える作品だった[9]。当時東映動画にいた高畑勲は、Aプロダクションに所属して本シリーズのキャラクターデザインを担当した大塚康生およびAプロダクション社長の楠部大吉郎から勧誘されて、『長くつ下のピッピ』制作のためにAプロダクションに(宮崎駿小田部洋一とともに)移籍するが、『ムーミン』にテレビアニメの可能性を感じていたことを後年理由の一つに挙げている[10]

東京ムービーの降板

制作・放送が開始され、企画のズイヨーと東京ムービーのスタッフたちは、第7話「さよならガオガオ」を原作者のトーベ・ヤンソンに見てもらうことに決定。トーベから「大変気に入りました」とお墨付きをもらえるものと期待していたが[11]、帰ってきたのは「これは私のムーミンではありません」など、本シリーズに対する否定的な見解、それに後述するような要望を書き連ねた手紙であった[12]。東京ムービーはこのトーベの手紙の内容をクレームと公表し、第26話を最後に制作を終了。前述の通り、『ルパン三世』制作までの繋ぎとして受注していた都合上、以降の制作継続が物理的に不可能であったため、番組を続ける意向であったズイヨー、それにスポンサーやテレビ局への言い訳として、クレームによる撤退としたのであった[2]

本来、東京ムービーの幹部は安い制作費で作るために、別番組の枠と抱き合わせでアニメ化の権利を入札した。だが東京ムービーのスタッフはトーベの要望に応えてよい作品を作ろうとし、結果として構成セルの枚数が増え、制作費用が非常に高くついてしまった。このような経緯から、赤字番組となった『ムーミン』を切り捨てたがっていた東京ムービーは、トーベの要望と元々2クールの契約だったことを利用、『ルパン三世』の制作のために急遽制作を終了してしまう。社長に呼び出されたムーミン担当の所属アニメーター達は、打ち切りを知らされると同時に怒られ、がっかりした反面ほっとしたという。一方、この日は制作担当責任者の藤岡が出張でおらず、番組を続けたいと思っていた藤岡は翌日に打ち切りを聞いて憤慨した。しかし社長がもう決めてしまっていたため、後の祭りだったそうである[11]

東京ムービー期の『ムーミン』のレーザーディスクが発売された1989年時点でも、東京ムービーの社内ではトーベの苦情よりも「赤字を作った作品」という評価の方が強く残っており、世間の評価とは裏腹に社内での評価は低いままだった[11]

虫プロダクションへの交代・視聴者の反応

東京ムービーの契約終了に伴い、第27話『顔をなくしたニンニ』からは新たに虫プロダクションが制作会社として参加した。同社が制作を手掛けるに当たっては、キャラクターデザインを原作の絵に近付ける形でスマートにしたり、スノークのお嬢さん(ノンノン)のリボンを外したり、自動車の使用を控えたりするなど、スタッフはトーベの要望に沿って放送を試みることにした。しかし実際に放送されると、終了後から問い合わせなどが殺到し始めた。

視聴者からは「キャラクターが怖くなった」「つまらなくなったのはなぜ?」「どうしてムードが変わったの?」という意見が出たり、ラジオの深夜放送の投書にも「面白くなくなったのはなぜ?」「なぜ絵を変えたの?」と著しい不評が寄せられた。東京ムービー期の出来に満足していた提供会社のカルピスの役員たちも、第27話を視聴して非常に激しい不満を持った。そのためキャラクターデザインは「日本国内でのみ放送する」という条件で東京ムービー期に近いものへ戻された[注釈 3]

原作者の不満

トーベ・ヤンソンは、アメリカのカートゥーン(アニメーション)や西部劇のテレビ放送などを野蛮に思っていたようで、アニメ化すると本シリーズもそれらの要素が波及し、野蛮になるとおそれていたという[注釈 4][要文献特定詳細情報]。実際は原作でもキャラクターが悪さをする場面があり、自動車も登場するが、1969年版の脚本家・山崎忠昭の著書『日活アクション無頓帖』[要文献特定詳細情報]に掲載されたトーベの手紙の全文翻訳では、「出発点、即ち、ムーミン谷、ムーミン的考え方すべてが違って表現されている」に始まり、作品世界の文化から各登場人物の持ち物・服装・生活様式に至るまで、こと細かに要望が書き連ねてある[注釈 5][要文献特定詳細情報]。「スノークのお嬢さん」に名付けた「ノンノン」という名前も、「no」や「non」という否定的な響きに受け取れるとした。

東京ムービー制作期の大塚康生によるキャラクターデザインは、原作小説の挿絵をベースとしつつも大胆にアレンジしており、動きのかわいさや絵の丸みを大切にマシュマロのような柔らかさをもって描かれていた[13][要文献特定詳細情報][疑問点]。当時の視聴者にはこの丸みを帯びたキャラクターデザインが「かわいい」と受け入れられたが、トーベにはシャープさに欠けると不評だったようである[要文献特定詳細情報]。また、本来は妖精という設定を視聴者に「ムーミンは河馬(カバ)」と勘違いさせた要因は、角ばった顔と灰色の彩色とも指摘されている[14]

虫プロ制作期に作画で参加した森田浩光によると、トーベとは何度か話し合いの場が設けられ、トーベ自身が虫プロに出向いたこともあった。だがトーベの要望には例えば「(黒い手袋をはめて)スナフキンやミイの素手を黒くしてほしい」など日本の風土に合わず採用されなかったものがあり、トーベは「これ(同作品)を海外で売る場合は、〈トーベ・ヤンソン原作のムーミン〉として売ることは認められない」と言っていたという[15]

1969年版はもとより、1972年版でデザイン変更をさらに試みても、なおトーベ側からは「日本国内はともかく、外国での放送は認めません」の一点張りだった[注釈 6][要文献特定詳細情報]と言われている。別の側面としてトーベは本シリーズを全否定したわけではなく、水や空などの背景を「カラー効果が上手くでている」と褒めたり、来日時に「日本的なムーミンもあってもよいと考えるようになりました」と発言し[16][要文献特定詳細情報]、晩年には「自分の描いたムーミンと違っていても子供たちが喜ぶならそれでいい」と本シリーズを肯定する発言もしていた[17]

1971年には、1972年版の放送開始記念にトーベが親友のトゥーリッキ・ピエティラ教授と一緒に日本に招かれた際、1969年版の再放送(日曜)を見せないよう、高橋社長は放送時間帯にトーベをホテルから連れ出して鎌倉の海岸に誘い出すなど策を練ったという逸話がある[11]

このように原作者は不満を持っていたものの、視聴者の子供や親からは好評を得て、ズイヨー(瑞鷹)監修のキャラクターグッズやレコード・ビデオなども発売された[要出典]。1972年版の人気を受け、再放送は後述の『楽しいムーミン一家』放送前日まで繰り返される。トヨタ自動車1969年[18]から交通安全の推奨キャラクターに採用し[注釈 7]、長く愛された[21](例:1999年春[22]、2000年春[23])。

町田仁によると、「ムーミンを5歳の男の子という設定にし、ホームドラマにしたところに成功の原因があった」という[3]

現在

1990年に『楽しいムーミン一家』が放送されて以降、日本国内では再放送やソフト化を始めとする本映像シリーズの二次利用は一切行われておらず、ムーミンキャラクターズ社の意向で、基本的に非公開とされている[要出典]

トーベの姪ソフィア・ヤンソンは、ムーミンの著作権を一括管理するムーミンキャラクターズ社の代表を務め、本シリーズについて「このアニメの製作者たちは、トーベが認めなかった大きな自由を手に入れた。このシリーズには、とりわけ、ムーミンの世界に属さない暴力[注釈 8]や状況が含まれていた。登場人物も、トーベが創り出す世界とは見た目も色も違っており、内容だけでなく、形も大きく異なっていた」としている[24]。また、ヤンソン代表は「新作品の公開に依って、本作品を非公開としたのはトーベの意向である」と述べ、「日本人はトーベの決定に失望した。(原作の)ファンでさえこのシリーズを愛していた」と語るが、代表自身も本シリーズは見たことがないという[24]

その他方、本シリーズでキャラクターデザインを担当していた大塚康生は、21世紀初頭でも台湾では本シリーズが繰り返し再放送されてきたと証言している[25]

また、トヨタ自動車では2002年まで、「春の交通安全キャンペーン」の幼児向け交通安全教材として[22][23][26]、本シリーズの設定を使用したムーミンの絵本と紙芝居を配布していた[注釈 9][27]

2018年1月に行われた大学入試センター試験の「地理B」で出題された「アニメーションの舞台となった国」に関する問題で、本シリーズのワンカットが使用されている[28]

2020年、ドキュメンタリー特番『成功の遺伝史』(3月2日放送分)にて、本シリーズの音楽を担当した宇野誠一郎が特集された際には、1972年版の本編映像が併せて使用された。本シリーズの主題歌の『ねえ、ムーミン(ムーミンのテーマ)』などは2020年時点も、ムーミン関係[要説明]のテレビ映像で使用されることがある[要出典]

2022年現在、版権者が運営する英語版のムーミン公式サイト[29][30]では、本シリーズが1969年版・1972年版共に紹介されており、それぞれの第1話の映像[31][32]も公開されているが、いずれもYouTube違法アップロードされたものがリンクされたものである[29]

登場人物

1969年版から登場するキャラクター ※(‐/‐)の各左は初登場話。/の左が1969年版、/の右が1972年版。

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ムーミン(1969年版)

解説

企画制作は瑞鷹エンタープライズ。アニメーション制作は東京ムービーAプロダクション、1970年3月29日放送分(第26話)まで)、虫プロダクション(1970年4月5日放送分(第27話)より)。制作会社変更の経緯については制作の節を参照。

視聴率は放送初回は8.2%、最終回は最高視聴率となる18.0%(視聴率データはすべてビデオリサーチ調べ、関東地区)。裏番組に『サインはV』→『アテンションプリーズ』(TBS系列)という人気番組があったことを考慮すると、健闘したとも言える。当時の他のテレビアニメと比較すると、2〜5歳の子供を持つ20〜34歳の男女の視聴者がかなり多かった[33]

1969年11月11日付の中央児童福祉審議会第27回放送推薦番組、第12回(1970年)児童福祉文化賞奨励賞、日本視聴者会議賞を受賞[34]

子供調査研究所の「子供が好きなテレビ番組ベスト・テン」(1970年10月20日〜30日調査)で小学2年生女子の5位[35]

作風について、東京ムービー制作期は、ムーミンに月面旅行をさせる(月面にはウサギがいるという設定)などユニークな翻案が多い。また、虫プロダクション制作期に移ってからメルヘン度が高まったという。

スタッフ

企画:今泉俊昭(東京ムービー)[36]
チーフプロデューサー:町田仁(電通[36]
プロデューサー:黒川慶二郎
広告代理店:電通

主題歌

全曲とも、作曲・編曲は宇野誠一郎による。

オープニングテーマ / エンディングテーマ - 「ムーミンのテーマ」
作詞 - 井上ひさし / 歌 - 藤田淑子
宇野によると、「ねえムーミン こっちむいて」から始まるこの曲は、初めから藤田が歌うことを想定して書いており、「この感じは彼女にしか出せないんです」と語ったという[37]。だが放送当時は、藤田が中途にCBS・ソニーと歌謡曲歌手としての契約を結んだため、他社が共通に使用できる音源として松島みのり歌唱版が製作された。また、日本コロムビアは松島歌唱版の共通音源と堀江美都子歌唱版、ビクター玉川砂記子(LPレコード『ねえムーミン』での表記は玉川さきこ)歌唱版をそれぞれ発売し、玉川版は1970年の「第12回日本レコード大賞」で「童謡賞」を受賞している。
収録音盤によっては「ムーミンのうた」と表記されることもある。
1972年版(下記)の主題歌(同一の詞曲だが、「ねえ! ムーミン」表記)も、歌唱は引き続き藤田が手がけている。こちらは日本コロムビアが録音し直した別音源であり、同社からはこれ以降1972年版で発売されることが多くなった。
オープニング・エンディング映像は大別して「東京ムービー版」(第1 - 26話)と「虫プロ版」(第27 - 終)に分けられる。OPはいずれも変更はなかったが、東京ムービー版EDでは映像は変更されなかった代わりに、第8話のみ後奏に口笛が追加、一方の虫プロ版は「第27 - 48話」と「第49話 - 終」に分けられ、前者は以下の通り度々マイナーチェンジされた箇所も存在する。
  1. 第1カット:ミイが映されているが、後期のみスノークのお嬢さん(ノンノン)も一緒に映っていた。
  2. 第6カット:中期と後期はムーミンが映されているが、前期はスナフキンが映されていた。
  3. 第7カット:前期と中期はムーミンママのみだが、後期はムーミンパパとムーミンママ。
  4. 第9カット:前期と中期はムーミンパパ、後期はスナフキン。
  5. 第10カット:いずれの時期でもムーミンとムーミンママが映されているが、前期のみムーミンが正面を向いていた。この後、中・後期は制作クレジット(虫プロダクション)だが、前期は制作クレジットがなかった。
挿入歌
「スナフキンのうた[注釈 14]
作詞 - 井上ひさし / 歌 - 西本裕行
作中での初使用は、第4話「ふしぎの泉はどこにある?」で、ここでは実際のギターの伴奏での歌唱とされた。以後、ギター伴奏のみで歌唱が省略されたり、オーケストラによる伴奏とともに歌われている[注釈 15]。第5話「パパの思い出のライフル」の冒頭などで、第24話「おさびし山のガンマン」では、口笛が協奏されている。「おさびし山のガンマン」ではパパやスノーク、ヘムレンが金鉱を採掘し始めたことを、止めさせようとするスナフキンがスカーフで口元を覆って変装したガンマン(ムーミンに名を訊かれ「ジャスミン」と名乗るが、後にムーミンには正体はばれている)が出て来る時に、口笛で断続的に吹奏されている。去った後で口元を覆っていたスカーフを下ろして出てくるが、住民はスナフキンと気付かない設定。この時にはギターと口笛の協奏曲という形で同曲が選曲されている。1969年版の最終回では、スナフキンの歌が聞こえてきたのち、同曲が3番まで使用された。その際の伴奏はオーケストラだったが、作中でのムーミンの台詞は「あ!スナフキンのギターだ」とされている。この他、スノークのお嬢さん(ノンノン)の台詞「お、や、す、み」も被っている。「ムーミンのテーマ」と同様、オルゴールやからくりオルゴール(Sankyo製)としても発売され2次使用されている。
「ムーミンパパのうた」
作詞 - 井上ひさし / 歌 - 高木均
第3話「雨だ! あらしだ!! 洪水だ!!!」で洪水が引き始めのころ、公園でムーミンパパとムーミンママでムーミンを探している時、パパが公園で作詞作曲して歌った。結果騒音を出した罪で初登場のヘムル署長に2人共逮捕された。
「ノンノンのテーマ[注釈 16]
作詞 - 井上ひさし / 歌 - 武藤礼子
第6話「帰って来たノンノン」の最後で、一番後の部分の歌詞「♬ちょっぴり♫ 彼と♪気が合う♩だけよ」の部分が本来よりゆっくりめに唄われている“♬ちょぉ~っぴりぃ~♫ かぁれぇとぉ~♪気が合う~♩だけぇ~よぉ~”と流されたのが、アニメーションの中では初使用となった。
第26話「ノンノンこっちむいて」で断続的にではあるが、本格的に曲の全体が使用された。

発売ソフト(レコード、CD)

「おはなしムーミン/ムーミン谷に春がきた」
LP日本コロムビア、KKS-20077)
後年CD(CC87)にもなって発売された。
  • 「ムーミンのテーマ」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 堀江美都子
  • 「まだ帰って来ないスナフキン」 作詞 - 能加平 / 歌 - ヤング・フレッシュ
  • 「ふしぎなシルクハット」 作詞 - 能加平 / 歌 - ヤング・フレッシュ
  • 「雲に乗れば」 作詞 - 能加平 / 歌 - ヤング・フレッシュ
  • 「スナフキンの歌」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 西本裕行
  • 「昔、おれにもキバがあった」 作詞 - 能加平 / 歌 - アオエトリオ
「ねえムーミン」
LP(日本ビクター、JB-47-S)
  • 「ムーミンのテーマ」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 玉川さきこ
  • 「おはようムーミン」 作詞 - 宇野誠一郎 / 歌 - 玉川さきこ
  • 「ムーミンマーチ」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 玉川さきこ、館野令子
  • 「ぼくの名前」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 玉川さきこ
  • 「蟻の遺言<ムーミン様へ>」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 西本裕行、玉川さきこ
  • 「ムーミンのさんぽ」 作詞 - 宇野誠一郎 / 歌 - 館野令子
  • 「蝶とムーミン」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 館野令子
  • 「ムーミンとバッタ」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 玉川さきこ、館野令子、高木均、西本裕行
  • 「ノンノンのテーマ」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 玉川さきこ
  • 「なぞなぞ」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 高木均
  • 「お茶の時間」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 高村章子、館野令子
  • 「ママはインチキ」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 館野令子、高村章子
  • 「ムーミンパパのうた」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 高木均
  • 「スナフキンのうた」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 西本裕行
  • 「おやすみムーミン」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 玉川さきこ、館野令子
  • 「さよならムーミン」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 玉川さきこ、館野令子、高木均、高村章子、西本裕行
ソノシート
ソニー、P-51)
  • 「ムーミンのテーマ」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 藤田淑子
  • 「ノンノンのテーマ(ノンノンのうた)」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 武藤礼子
「ミュージッククリップ20ムーミン」
CD東芝EMI、TOCT-9820)
  • 「ムーミンのテーマ」(オープニングTVサイズ) 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 藤田淑子
  • 「ムーミンのテーマ」(エンディングTVサイズ) 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 藤田淑子
  • 「ムーミンは昨日」(エンディングTVサイズ) 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 増山江威子
  • 「スノーク家のしつけ」(フルサイズ) 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 広川太一郎
  • 「ちいさなミイ」(フルサイズ) 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 堀絢子
  • 「ムーミンは昨日」(フルサイズ) 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 増山江威子
  • 「ムーミンのテーマ」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 藤田淑子
  • 「ムーミンのテーマ」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 松島みのり
  • 「ムーミンパパのうた」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 高木均
  • 「ノンノンのうた」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 武藤礼子
  • 「スナフキンのうた」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 西本裕行
  • 「おはようムーミン」 作詞 - 宇野誠一郎 / 歌 - 玉川さきこ
  • 「ぼくの名前」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 玉川さきこ
  • 「ムーミン・マーチ」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 玉川さきこ、館野令子
  • 「おかえりムーミン」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 玉川さきこ、ヤング・フレッシュ
  • 「ムーミンのえかき歌」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 玉川さきこ、ヤング・フレッシュ
  • 「おやすみムーミン」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 玉川さきこ、館野令子
  • 「さよならムーミン」 作詞 - 井上ひさし / 歌 - 玉川さきこ、館野令子、高木均、高村章子、西本裕行

各話リスト

放送日サブタイトル脚本コンテ演出作画監督
11969年
10月5日
シルクハットのひみつ山崎忠昭富野喜幸大隅正秋大塚康生
柴山努
小林治
210月12日悪魔のハートをねらえ井上ひさし芳八太郎
310月19日雨だ! あらしだ!! 洪水だ!!!高市一男
410月26日ふしぎの泉はどこにある?山崎忠昭北川春彦大塚康生
柴山努
511月2日パパの思い出のライフル田代淳二山本博大塚康生
小林治
611月9日かえってきたノンノン井上ひさし大塚康生
柴山努
711月16日さよならガオガオ吉田喜昭高市一男大塚康生
小林治
811月23日ノンノンがあぶない!吉田喜昭
小沢洋
吉川惣司大塚康生
柴山努
911月30日ムーミン谷の列車大強盗井上ひさし北川春彦大塚康生
小林治
1012月7日ふしぎなこびと浅野みち子高橋和十八大塚康生
柴山努
1112月14日消えたコレクション阿佐南大塚康生
小林治
1212月21日ムーミン谷のクリスマス井上ひさし
吉田喜昭
吉川惣司大塚康生
柴山努
1312月28日パパは売れッ子作家雪室俊一高市一男大塚康生
小林治
141970年
1月4日
ムーミン谷最後の日山崎忠昭高橋和十八
151月11日帆を上げろ! ムーミン号吉田秀子北川春彦大塚康生
柴山努
161月18日謎のグノース博士吉田喜昭岡崎稔
171月25日ベビーはどこに?雪室俊一崎枕
182月1日乞食になりたい[注釈 17]山本一
192月8日月着陸OK!松元力吉川惣司大塚康生
小林治
202月15日スキーでハッスル!吉田秀子矢沢則夫大塚康生
柴山努
212月22日ふしぎな家なき子松元力奥田誠治大塚康生
小林治
223月1日山男だよヤッホー!雪室俊一矢沢則夫
233月8日チビのミー大作戦吉田喜昭吉川惣司
243月15日おさびし山のガンマン藤川桂介北川春彦大塚康生
柴山努
253月22日おめでとうスノーク松元力
吉田喜昭
崎枕大塚康生
小林治
263月29日ノンノンこっちむいて吉田喜昭吉川惣司大塚康生
柴山努
制作会社が虫プロダクションに交代
274月5日顔をなくしたニンニ雪室俊一(詳細不明) 虫プロ演出部村野守美藤原万秀
284月12日小さな大冒険藤川桂介上梨満雄
294月19日ひこう鬼現わる林政行村野守美
佐々門信芳
304月26日天国からの贈りもの雪室俊一村野守美森田浩光
315月3日ごめんねスティンキー吉田喜昭岡崎邦彦
325月10日森のゆうれい屋敷加藤有芳水沢わたる
335月17日おくびょうな豆泥棒
345月24日金の馬銀の馬宮島邦村野守美森田浩光
355月31日夏祭りのオーロラ藤川桂介上梨満雄
366月7日ムーミンパパのノート加藤有芳林政行
376月14日小さなみにくいペット奥田誠治森田浩光
386月21日人魚さんこんにちわ宮島邦水沢わたる
396月28日家にいるのは誰だ
407月5日ニョロニョロのひみつ吉田喜昭上梨満雄
417月12日マメルクをつかまえろ吉原幸栄高橋良輔
427月19日大きな大きなプレゼント山本功
437月26日あらしの怪獣島田代淳二奥田誠治
448月2日海の星はどこに藤川桂介水沢わたる
458月9日悪魔の島がやってきた吉田喜昭上梨満雄
468月16日真夏の雪を探せ!沖屋栗八水沢わたる
478月23日なくしたペンダント田代淳二林政行
488月30日歩いてきた山びこ沖屋栗八上梨満雄
499月6日ピアノなんか大嫌い宮島邦富士見崇
509月13日眠りの輪をぬけだせ加藤有芳石黒昇
519月20日秋はおセンチに田代淳二奥田誠治
529月27日月夜に踊る人形吉田喜昭水沢わたる
5310月4日凧が知っていた石黒昇
5410月11日さようなら渡り鳥沖屋栗八出﨑哲
5510月18日鳩は飛ばない田代淳二高橋良輔
5610月25日ムーミン谷のカーニバル吉田喜昭水沢わたる
5711月1日お婆ちゃんのひみつ沖屋栗八上梨満雄森田浩光
樋口雅一
5811月8日ノンノンがいなくなる?
5911月15日手品にはタネがある
6011月22日ひとりぼっちの冬
6111月29日消えた雪うさぎ吉田喜昭水沢わたる
6212月6日氷姫のいたずら藤川桂介上梨満雄
6312月13日一日だけのお姫様星山博之水沢わたる
6412月20日影なんか恐くない能加平輔逸平森田浩光
6512月27日おやすみムーミン藤川桂介石黒昇森田浩光
矢沢則夫

放送局(1969年版)

※★印は、『読売新聞』1970年3月2日付夕刊6面、カルピス広告より。

  • フジテレビ(制作局):日曜 19:30 - 20:00 ★
  • 青森放送:金曜 18:00 - 18:30[38]
  • 秋田テレビ:日曜 19:30 - 20:00 ★
  • 山形テレビ(1970年4月開局から):日曜 19:30 - 20:00[39]
  • 仙台放送:土曜 18:00 - 18:30(1970年9月まで) ★→ 日曜 19:30 - 20:00(1970年10月から)[40]
  • 福島テレビ:金曜 18:00 - 18:30(1971年8月 - 9月)→ 月曜 - 金曜 17:15 - 17:45(1971年11月 - 1972年1月)[41]
  • 富山テレビ:日曜 19:30 - 20:00[42]
  • 石川テレビ:日曜 19:30 - 20:00[42]
  • 福井テレビ:日曜 19:30 - 20:00 ★
  • 長野放送:日曜 19:30 - 20:00 ★
  • テレビ静岡:日曜 19:30 - 20:00 ★
  • 東海テレビ:日曜 19:30 - 20:00 ★ ※1975年10月3日より金曜19:00 - 19:30のローカルセールス枠において本シリーズの再放送を開始[43]。再放送の期間は1年弱にも及んだが、第51話「秋はおセンチに」を放映後、翌週の1976年9月24日に当時の視聴率ドル箱ともいえる「中日 - 巨人」戦をローカルにて放送することになり、雨天中止の場合は「ムーミン」を放送すると告知されたが、試合は中止にならずそのまま同試合を放送(5-2にて中日が勝利)。さらに10月1日からは同時間帯にて、空手試合のダイジェスト番組『ザ・空手』がスタートし、そのまま2022年現在も告知なく中断のままである。
  • 関西テレビ:日曜 19:30 - 20:00 ★
  • 広島テレビ:土曜 18:00 - 18:30 ★
  • テレビしまね(1970年4月開局から):日曜 19:30 - 20:00
  • 愛媛放送(1969年12月開局から):日曜 19:30 - 20:00 ★
  • 岡山放送:日曜19:30-20:00
  • テレビ西日本:日曜 19:30 - 20:00 ★
  • サガテレビ:日曜 19:30 - 20:00 ★
  • テレビ熊本:日曜 18:00 - 18:30 ★

ムーミン(1972年版)

解説

1969年版の後半と同様に、企画制作を瑞鷹エンタープライズ、アニメーション制作を虫プロダクションがそれぞれ担当。番組表によっては『ムーミン』と表記されることもあった。

作画監督の森田浩光によると、当初は「全く新しい感じのムーミンにしよう」という考えも持ち上がったものの、1969年版のイメージを変えてしまうのは良くないとなり、海外展開は考えず、日本風ムーミンとして制作されたという[15]

キャラクターの黒目を大きくしたり、道徳的なエピソードを増やしたり、原作を基にした脚本(翻案)を小説から新聞連載のコミックス[注釈 18]のエピソードにしたことなどが、1969年版との違いである[44]。また、脚本はオリジナルエピソードも多い。その他、スナフキンの頭は同作品より茶色の頭髪が描かれ、帽子にも花飾りがあしらわれるようになった。このキャラクターデザインの変更などは「非輸出」を条件としたものだったが、実際には輸出された事例が存在する。

スタッフ

  • 原作 - トーベ・ヤンソン
  • 企画 - 瑞鷹エンタープライズ、高橋茂人
  • 設定 - 星山博之
  • 担当制作 - 橋本直人、井出康道、他
  • 音楽 - 宇野誠一郎
  • 美術監督 - 半藤克美
  • 撮影監督 - 原屋楯男
  • 音響監督 - 田代敦巳
  • 効果 - 柏原満
  • 録音 - 東京スタジオセンター、熊谷良兵衛
  • 現像 - 東京現像所
  • 制作主任 - 国井よういち
  • チーフディレクター - りんたろう
  • プロデューサー - 岩崎正美
  • プロデューサー補 - 野崎欣宏

主題歌など

全曲とも、作曲・編曲は宇野誠一郎による。

オープニングテーマ
「ねえ! ムーミン」
作詞 - 井上ひさし / 歌 - 藤田淑子
1969年版(上記)のOP「ムーミンのテーマ」と同じ歌だが、この時期にはCBS・ソニーとの歌手契約が満了していた模様で、1972年版のために日本コロムビアが新たに録音した。初出音盤はSCS-152(1972年2月発売)。1969年版も含め、2番は番組の中で流れた。※レコードを除く。
エンディングテーマ
「ねえ! ムーミン」(第1回 - 第18回)
作詞 - 井上ひさし / 歌 - 藤田淑子
「ムーミンはきのう」(第19回 - 第34回、第49回 - 第52回)
作詞 - 井上ひさし / 歌 - 増山江威子
「ちいさなミイ」(第35回 - 第44回)
作詞 - 井上ひさし / 歌 - 堀絢子
「スノーク家のしつけ」(第45回 - 第48回)
作詞 - 井上ひさし / 歌 - 広川太一郎
挿入歌・イメージソング
「スナフキンの歌」
作詞 - 井上ひさし / 歌 - 西本裕行
1969年版からの流用。但しスナフキンがかえってきたでの歌唱は、69年の録音ではなく別に録音したので、歌唱に捻りが加わった音源である.ギター演奏のみの場合か、オーケストラの場合では歌うこともあった。第4話"スナフキンが帰って来た"ではヘムレンさんが捨てたホルンでの演奏もあった。
「ムーミン谷のうた」
作詞 - 田代敦巳 / 歌 - 桜井妙子
OP1のB面に収録。
「えかきうたムーミン」
作詞 - 丘灯至夫 / 歌 - 増山江威子、北川国彦はせさん治山田俊司野村道子
「ムーミンのクリスマス」
作詞 - 井上ひさし / 歌:増山江威子 / コーラス:北川国彦、はせさん治、山田俊司、野村道子
クリスマス企画盤のオムニバスEP『みんなのクリスマス』(1972年11月発売、C-517)に「仮面ライダークリスマス」「超人バロム1のクリスマス」「樫の木モックのクリスマス」と共に収録された楽曲。
「スノーク家のしつけ」
作詞 - 井上ひさし / 歌 - 広川太一郎
最終回でスナフキンがみんなの家を回った時、スノーク、ノンノンの家の前に来た時に流れた。エンディングの流用。
「ムーミンパパのうた」
作詞 - 井上ひさし / 歌 - 高木均
スノーク家のしつけと同じく、スナフキンがムーミンの家の前に来た時に流れた。1969年版の流用。

各話リスト

放送日サブタイトル脚本演出作画監督作画
11972年
1月9日
ゆめ・ゆめ・ゆめ藤川桂介石黒昇森田浩光金山明博 朝戸澄子 菊田武勝 上梨壱也
21月16日春を呼ぶ火祭り田代淳二上梨満雄進藤満尾 川尻善昭 安彦良和 吉村昌輝
31月23日今日は[注釈 19]、おしゃまさん藤川桂介水沢わたる芦田豊雄海老沢幸男 鈴木正俊 広瀬和子 上梨壱也
41月30日スナフキンが帰って来た吉田喜昭棚橋一徳金山明博 朝戸澄子 菊田武勝 高崎勝夫
52月6日狼なんかこわくない加藤有芳石黒昇森田浩光小川隆男 礼木幾夫 樋口雅一 吉村昌輝
62月13日落ちてきた星の子平田敏夫進藤満尾 川尻善昭 安彦良和 上梨壱也
72月20日白い馬と満月と田代淳二林政行芦田豊雄海老沢幸男 鈴木正俊 広瀬和子 高崎勝夫
82月27日ふしぎなスプーン吉田喜昭上梨満雄森田浩光金山明博 朝戸澄子 菊田武勝 上梨壱也
93月5日おじさんは手品師?沖島勲小杉信雄芦田豊雄小川隆雄 礼木幾夫 樋口雅一 吉村昌輝
103月12日署長さんがいなくなる吉田喜昭水沢わたる森田浩光進藤満尾 川尻善昭 安彦良和 高崎勝夫
113月19日ムーミン谷は穴だらけ鈴木良武南川博芦田豊雄海老沢幸男 鈴木正俊 広瀬和子 吉村昌輝
123月26日鏡の中のマネマネ多地映一棚橋一徳小川隆雄 札木幾夫 樋口雅一 高崎勝夫
134月2日ヘムレンさんの約束藤川桂介水沢わたる森田浩光金山明博 朝戸澄子 菊田武勝 上梨壱也
144月9日メソメソ君のマイホーム吉田喜昭石黒昇海老沢幸男 鈴木正俊 広瀬和子 吉村昌輝
154月16日ムダ騒動はムダ林政行芦田豊雄進藤満尾 川尻善昭 安彦良和 高崎勝夫
164月23日ミイってやさしいの?水沢わたる金山明博 朝戸澄子 岡田敏靖 上梨壱也
174月30日ノンノンの願い鈴木良武上梨満雄森田浩光小川隆雄 札木幾夫 樋口雅一 吉村昌輝
185月7日海の風車加藤有芳平田敏夫海老沢幸男 鈴木正俊 広瀬和子 高崎勝夫
195月14日ふしぎな遊星人三枝睦明石黒昇芦田豊雄木山守 黒沢次郎 細島勝男
205月21日ママのハンドバッグ藤川桂介樋口雅一進藤満尾 川尻善昭 安彦良和 木口準
215月28日花占い大事件雪室俊一林政行森田浩光金山明博 朝戸澄子 上梨壱也 千住美知子
226月4日町からきた少年栗田邦夫立花遊芦田豊雄小川隆雄 札木幾夫 樋口雅一 高崎勝夫
236月11日ママ、ごめんなさい田代淳二水沢わたる森田浩光海老沢幸男 鈴木正俊 広瀬和子 木口準
246月18日時計を作ろう高市一男宇月始木山守 黒沢次郎 細島勝男
256月25日夏への扉吉田喜昭小林三男芦田豊雄進藤満尾 樋口雅一 川尻善昭 太田左秩子
267月2日金色のしっぽ田代淳二石黒昇矢沢則夫千葉雅子 草柳則子 末次美智夫
277月9日ニョロニョロが怒った吉田喜昭上梨満雄森田浩光金山明博 朝戸澄子 上梨壱也 石黒篤
287月16日信じる? 信じない?田代淳二石黒昇矢沢則夫千葉雅子 草柳則子 篠原征子
297月23日水晶玉にはなにがみえる三枝睦明出﨑哲芦田豊雄進藤満尾 樋口雅一 吉村昌輝 西村あや
307月30日消えないおばけ多地映一平田敏夫 森田浩光金山明博 朝戸澄子 上梨壱也 槌田幸一
318月6日おかしなケンカ吉田喜昭樋口雅一 宇月始木山守 藤原万秀 細島勝男
328月13日消えた人形田代淳二石黒昇矢沢則夫田中享 草柳則子 石塚弘美
338月20日ひとりぽっちのパパ栗田邦夫林政行 芦田豊雄進藤満尾 樋口雅一 吉村昌輝 宍倉敏
348月27日ぼくは王様だ!藤川桂介上梨満雄森田浩光金山明博 朝戸澄子 上梨壱也 坂本公一
359月3日パパの古い靴沖島勲芦田豊雄岡田敏靖 藤原万秀
369月10日おじいちゃんは世界一栗田邦夫水沢わたる 森田浩光進藤満尾 樋口雅一 吉村昌輝 野田拓実
379月17日月夜になる鐘吉田喜昭石黒昇 芦田豊雄佐々門信芳 礼木幾夫 川尻善昭 新田敏夫
389月24日赤い月の呪い立花遊森田浩光金山明博 朝戸澄子 上梨壱也 千住美知子
3910月1日笑いの仮面多地映一水沢わたる岡田敏靖岡田グループ
4010月8日やぶれた絵本樋口雅一 森田浩光進藤満尾 樋口雅一 吉村昌輝 望月敬一郎
4110月15日言葉が消える?加藤有芳立花遊 芦田豊雄スタジオ・ルック
4210月22日はばたけ! ペガサス藤川桂介小林三男 矢沢則夫田中享
4310月29日アリオンのたて琴田代淳二崎枕 森田浩光金山明博 朝戸澄子 上梨壱也 神林光嗣
4411月5日雲と遊ぼう沖島勲岡田敏靖岡田グループ
4511月12日眠りたい眠れない藤川桂介水沢わたる芦田豊雄進藤満尾 樋口雅一 吉村昌輝
4611月19日飛行鬼にまけるな!加藤有芳朝戸澄子 森田浩光スタジオ・ルック
4711月26日氷の国をぬけだせ栗田邦夫石黒昇矢沢則夫田中享 草柳則子 石塚弘美
4812月3日こわれたくびかざり吉田喜昭上梨満雄芦田豊雄金山明博 朝戸澄子 上梨壱也 石黒篤
4912月10日消えちゃった冬藤川桂介石黒昇矢沢則夫田中享 草柳則子 石塚弘美
5012月17日パパのぼうけん多地映一水沢わたる芦田豊雄金山明博 朝戸澄子 上梨壱也 坂本公一
5112月24日スナフキンなんか大きらい星山博之
立花遊
立花遊森田浩光進藤満尾 樋口雅一 吉村昌輝 遠藤裕一 樋口美知子
5212月31日さらばムーミン谷吉田喜昭上梨満雄進藤満尾 樋口雅一 吉村昌輝 西村あや
金山明博 朝戸澄子 上梨壱也 坂本公一

放送局(1972年版)

劇場版

本シリーズの劇場版は2度制作されており、いずれもテレビシリーズのブローアップ版である。

ムーミン(第1作)
1971年3月17日、「東宝チャンピオンまつり」で上映。1969年版第7話「さよならガオガオ」のブローアップ版[52]。上映時間は26分[52]
同時上映は『怪獣大戦争 キングギドラ対ゴジラ』(『怪獣大戦争』の改題再映版)『アタックNo.1 涙の不死鳥』『いなかっぺ大将』『昆虫物語 みなしごハッチ』の4本[52]
ムーミン(第2作)
1972年3月17日、「東映まんがまつり」で上映。1972年版第2話「春を呼ぶ火祭り」のブローアップ版。
同時上映は『ながぐつ三銃士』『仮面ライダー対ショッカー』『スペクトルマン』『さるとびエッちゃん』の4本。

発売映像ソフト

脚注

参考文献

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