葭島神社
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位置
北緯36度24分52秒 東経136度26分55秒 / 北緯36.41444度 東経136.44861度座標: 北緯36度24分52秒 東経136度26分55秒 / 北緯36.41444度 東経136.44861度
主祭神
倉稲魂神
大田神
大宮女神
火結神
宇加神
八坂之神
前田利常
大田神
大宮女神
火結神
宇加神
八坂之神
前田利常
| 葭島神社 | |
|---|---|
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| 所在地 | 石川県小松市大川町2丁目122[1] |
| 位置 | 北緯36度24分52秒 東経136度26分55秒 / 北緯36.41444度 東経136.44861度座標: 北緯36度24分52秒 東経136度26分55秒 / 北緯36.41444度 東経136.44861度 |
| 主祭神 |
倉稲魂神 大田神 大宮女神 火結神 宇加神 八坂之神 前田利常 |
| 創建 | 1614年(寛永19年)9月3日 |
| 本殿の様式 |
江戸中期に建てられた本殿は、正面3間、側面2間の流造。 1969年(昭和44年)に県指定有形文化財に指定 |
| 例祭 | 毎年正月に国家安泰、五穀豊穣、商工業繁昌御祈祷を行う。 |
| 地図 | |
葭島神社(よししまじんじゃ)は、石川県小松市大川町に所在する神社。創建は1614年(寛永19年)9月3日で、前田利常が多田権内に命じて小松城中葭島に屋舗社堂護摩堂として建立させた[1]五穀寺が開祖であった[2]。1881年(明治14年)に、稲荷大明神の旧鎮座地名に因んで葭島神社と改称したのが当社である[2]。近代社格制度では、1906年(明治39年)神饌幣帛料供進社に指定されている[1]。また本殿は、1969年(昭和44年)2月18日に石川県指定有形文化財(建造物)に指定されている[3]。
沿革
本殿
1969年(昭和44年)に石川県指定有形文化財に指定された本殿は、1822年(文政5年)における八坂神社(白峰村、現白山市)の様式に似ている[4]ことから、江戸時代後半の建造と推定される[2]。屋根が曲線的に前面に伸びている向拝流造という建築様式で、正面の柱間が約5.5メートル(3間)の三間社流造の本殿である[2]。覆屋に覆われているため、建てられた当時の姿をよく残している[2][4]。欄間や各所の彫刻も精巧であり、建築とよく調和したものとなっている[2]。
拝殿においては、小松城の書院から移築されたと伝わる格天井が遺り加賀藩前田家のゆかりの地としてつぶさに小松城の遺構を窺い知ることができる[5]。