西田善太
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にしだ ぜんた 西田 善太 | |
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| 生誕 | 1963年11月29日(62歳) |
| 国籍 |
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| 出身校 | 早稲田大学商学部 |
| 職業 | 編集者、元コピーライター |
| 雇用者 | マガジンハウス |
| 代表作 | 『BRUTUS』編集長(2007–2022) |
西田 善太(にしだ ぜんた、1963年11月29日 - )は、日本の編集者、元コピーライター。マガジンハウス取締役(ブランドビジネス局担当)[1]。
博報堂のコピーライターを経て、1991年にマガジンハウスに入社。『GINZA』の創刊、『Casa BRUTUS』の月刊化に携わった後、2007年12月から2022年までの約14年間にわたって『BRUTUS』の10代目編集長を務め、2008年4月1日号から2022年3月15日号まで、計322冊の特集号を世に送り出した[2][3]。「入口は広く、奥は深く」を編集方針とし、「好奇心を人任せにしない!」を後輩編集者への座右の銘として掲げ、同誌をカルチャー誌の代表的存在に押し上げた[4][5]。2013年には第5回雑誌大賞グランプリを受賞した。
生い立ち
1963年11月29日、北海道札幌市に生まれる。父は元NHKアナウンサー・解説委員の西田善夫で、スポーツ放送の第一人者として知られた。本人は「ボクは父と顔がそっくり」と述べている[6]。父のNHK札幌放送局在職中に生まれ、その後東京に転居。海城高等学校を経て、1987年に早稲田大学商学部を卒業した。
博報堂時代
1987年、早稲田大学卒業後に博報堂に入社。第四制作室のコピーライター職に就き、自動車、酒類、電機メーカーなどの広告を担当した。この時期の代表的な仕事に、日産自動車のパイクカー「フィガロ」の広告コピー「恋愛のために生きる」、日立製作所「遊んでばかりいるとタメになる」などがある。
マガジンハウス入社
博報堂でコピーライターとして活動するうちに雑誌の世界に強い関心を持つようになり、1991年にマガジンハウスに転職入社[1]。入社後は『BRUTUS』編集部に配属される。その後、1997年創刊の女性ファッション誌『GINZA』の創刊メンバーとして同誌編集部も経験する。
Casa BRUTUS副編集長時代
2000年、1998年創刊の『Casa BRUTUS』が月刊化されるのに伴い同編集部に異動。副編集長を務めた[1]。
『BRUTUS』『Casa BRUTUS』を行き来していたこの時期の代表的な仕事として、建築家・安藤忠雄とのコラボレーション企画がある。『BRUTUS』の狭小住宅特集「東京23区に家を建てられますか?」(1999年)を見た建築評論家の淵上正幸から「大物建築家だって家を建ててくれる」と聞いたことをきっかけに、『BRUTUS』誌面で住宅の施主を募集するという企画「約束建築」を立案。名だたる建築家に依頼したところ、最初に返事をしたのが安藤忠雄であった。安藤から似顔絵のハンコが押された承諾の手紙が届き、それを当時の編集長・斎藤和弘のデスクに置いたところ、即座にゴーサインが出たという。この「約束建築-安藤忠雄があなたの家を建ててくれます」(2000年)特集は大きな反響を呼んだ。その後、『Casa BRUTUS』に移ってからも『Casa BRUTUS特別編集 安藤忠雄×旅 Grand Tour with ANDO』という企画を手がけ、いわゆる「安藤番」として、安藤のパリ、ローマ、ニューヨークなどへの欧米出張に同行した[7]。
また、一般誌において住宅平面図やアクソメトリック図を積極的に誌面に導入した。当初は平面図を入れていなかったが、編集長の斎藤から全ページに図面を入れるよう指示があり、50軒以上の図面を作成して全面的にレイアウトし直した。西田は後に、図面を入れたことで「家を建てるんだ」という読者の本気度につながったと振り返っている[1]。
プロダクトデザイナー・柳宗理の全仕事を網羅した特集「SORI YANAGI A Designer──日本が誇るプロダクトデザイナー、柳宗理に会いませんか?」(2001年)も手がけた。柳本人が存命中にインタビューを実施し、バタフライスツールからテーブルウェア、東京オリンピックの聖火台のデザインまでを徹底的に取材した[7]。
一般誌でありながら建築・デザインを雑誌の主題として定着させたことで『BRUTUS』『Casa BRUTUS』は、フランク・ロイド・ライト、アアルト、イームズ、バウハウス、ミースやル・コルビュジエ、桂離宮、柳宗理、安藤忠雄など、建築・デザイン史の事例や人物を、専門書の出版社ではなく一般誌の出版社が取り上げ、ミッドセンチュリーなど全く知らない読者に向けて紹介し、かつ商業誌として成功させた先駆的な雑誌と位置付けられる[7]。
BRUTUS編集長時代(2007–2022)
2007年3月に『BRUTUS』副編集長、同年12月に編集長に就任[1]。10代目編集長となる。2008年4月1日号から2022年3月15日号まで、約14年間にわたり、計322冊の特集号を編集長として手がけた[2][3]。
編集方針と企画哲学
西田は編集において「入口は広く、奥は深く」を方針として掲げた。クラシック音楽の特集を例に、「1時間で分かるクラシック入門編の本って山ほど出てるけど、そういうふうにしないように、丁寧に細部に心配りしながら作ってるとこが肝」であり、「入り口は広げてあるけれど、奥の奥までおさえてる。クラシックのマニアをぎゃふんと言わせるような作り方をするかしないかっていうのが、『BRUTUS』と入門編の本の違い」であると語っている[5]。
特集の構成については、ミュージシャンのアルバムづくりとの類似を指摘する。「右開きの雑誌ならば、人の視線は、右上から左下に流れて読む。最初のページからリニアに、つまり流れの中で順に読むことを前提にすると、記事内容にもレイアウトにも心地よい順番がある。ミュージシャンのアルバムづくりと似ています。一曲めは何でつかむか。真ん中くらいは少し毛色の違う曲にするか…と考えながら構成を考えるわけです」と述べた[4]。
読者層についてはドーナツの比喩を用い、コアな既存読者と外側のレイトマジョリティの両方に目配せする「複眼的なユーザー視点」を編集部の強みと位置づけた[4]。また、1年に23回発行する隔週刊という発行ペースについても、「世界的にもひと月に2回出る隔週刊誌って多くない」「月刊は(…)こわくて突飛なことができない。一方の週刊は時間が短く、鮮度が重要になりすぎる」とし、隔週刊ゆえの自由度を強みとして意識していた[4]。
クリエイティブディレクターの箭内道彦はBRUTUS編集部を「小さなクリエイティブエージェンシーだ」と評し、西田自身もこれを気に入って、編集作業を「『こうしたらもっと面白くなる』って新たな課題を立てて、可能性のある解を集めて、つなげて、効果を狙っていく」広告会社のプロセスと重ねて語っている[5]。
多彩な特集
編集長在任中には、ジャンルを横断する多彩なテーマで特集を組んだ。
建築・住宅「居住空間学」は看板シリーズとして継続的に展開され、『BRUTUS特別編集 合本・居住空間学 INTERIOR STYLEBOOK』『合本・居住空間学 ARCHIVE』など複数の合本ムックが刊行された[8]。
自然・コレクション「珍奇植物」はシリーズ化し、のちに「珍奇鉱物」「珍奇昆虫」へと展開。コレクター文化と生物・自然史を一般読者向けのヴィジュアル雑誌に落とし込むフォーマットを定着させた。
映画・演劇・漫画・アニメ・ゲーム「ザ・三谷幸喜アワー」「緊急特集 井上雄彦」「漫画ブルータス」、および「刀剣乱舞」特集は2018年・2020年の2度にわたって組まれ、後者はBRUTUS40年史上初のゲーム単独特集となり、ともに重版・増刷された[3]。
本・読書「文芸ブルータス」「危険な読書」などの本・読書特集のほか、2021年10月15日号(No.948)「村上春樹 上『読む。』編」と11月1日号(No.949)「村上春樹 下『聴く。観る。集める。食べる。飲む。』編」として、2号連続の村上春樹大特集を実現。上巻では村上本人の書き下ろしによる読書案内「51 BOOK GUIDE」や、同年10月1日に開館した早稲田大学国際文学館(〈村上春樹ライブラリー〉)のレポート、1984年の『BRUTUS』ドイツ特集の誌面再録を収録。下巻では村上へのロングインタビュー、『古くて素敵なクラシック・レコードたち』に入りきらなかった続編書き下ろし、アートコレクションや映画「ドライブ・マイ・カー」監督・濱口竜介へのインタビューなどを収めた[9][10]。2022年には合本ムック『合本 村上春樹』としてまとめられた[10]。
食・地域「福岡の正解」「京都で見る、買う、食べる、101のこと。」(2021年、No.940)など、地域特集を多数手がけた。「あんこか、カスタードか。」「クラフトビールを語ろう。」なども合本化されている[8]。
人物・インタビュー「今日の糸井重里」「緊急特集 井上雄彦」など、作家・クリエイター一人に一冊を割く特集を展開。「山下達郎のBrutus Songbook」(2018年1月15日号)は、ラジオ番組『山下達郎のサンデー・ソングブック』放送開始25周年を記念し、番組の全面協力のもと1,300回を超える放送から山下本人が22のテーマを厳選、ポピュラーミュージックの専門家による解説を加えて編んだ特集で、書店では品切れが続出し、緊急増刷が決定した[11]。
メディア・商業 2008年にはBRUTUS初の「YouTube」単独特集を敢行し、YouTube本国からも歓迎された[12]。「買えるブルータス」シリーズは、雑誌から直接モノを購買できるコマース連動特集として定着した。
2010年5月の創刊30周年記念号「ポップカルチャーの教科書」は、同誌をメジャーな舞台に押し上げた号として位置付けられる。
紙の雑誌観
西田は1990年代の『Casa BRUTUS』および『BRUTUS』で、コンピューターとインターネットの特集を3冊制作した経験からウェブの黎明期を知る編集者でもあるが、後に「こんな侵食されるとは思っていなかった」と振り返っている[5]。紙の雑誌については、「持ち歩ける、置いておけるパッケージとしての編集の面白さがある。スペースや時間の制限があるからこそ編集が生まれる」と述べ、「メソッドや考え方は雑誌の作り方をベースにするほうがパッケージの完成度が高くなり、その一部をデジタルで切り売りしても他社と比べて圧倒的に面白いものができている自負がある」と語った[5]。
退任
2022年1月より編集長職を離れ、マガジンハウスの執行役員として広告・ブランドビジネス・クロスメディア事業領域を担当することとなった。
評価
西田体制下の『BRUTUS』について、ウェブマガジン「XD(クロスディー)」は、同誌が「ホテル特集」「リノベーション特集」と続けたあとに突如「珍奇植物特集」を繰り出すような編集判断を指して「驚きの打順を繰り出す」と評し、珍奇植物特集がのちにビザールプランツのブームを後押ししたこともあわせて、「エイヤッと『半歩先』を指し示してきた、力技のなせる術」と位置付けた。誌面構成についても「デザインとストーリーが一体となった秀逸な構成はひときわ目立つ。しかも特集ごとにデザインからすべて変えているわけで、そのこだわりの強さは他の商業誌に類を見ない」とし、「真似のできない仕事術」と総括している[13]。
雑誌編集者インタビューサイトFujisan.co.jpは、西田を「コトバの人」と表現し、「饒舌でもなく、寡黙でもなく、ユーモアを交えながら普通にでてくる言葉遣いが、実にここちよく独自の美学で編集されている」と、コピーライター出身ゆえの言語感覚を評価した[14]。クリエイティブディレクターの箭内道彦は、BRUTUS編集部を「小さなクリエイティブエージェンシーだ」と評し、西田本人も「読者というクライアントの課題解決をしている」という点で広告会社と編集部のプロセスが重なると繰り返し語っている[5]。
2013年、雑誌のプロが選ぶ第5回「雑誌大賞」において『BRUTUS』がグランプリを受賞。受賞理由は「時流に合ったテーマや日常の何気ない一コマを一冊で特集する企画力」であった。同年は準グランプリに兄弟誌『POPEYE』が選ばれ、「兄弟受賞」となった[15]。
退任に伴い11代目編集長に就任した田島朗は、新事業「BRUTUS PB」の立ち上げにあたって「西田前編集長が14年間築いてきた歴史は『BRUTUS』にとっては大きな財産だから、誌面はその基本方針を継承しつつ、僕なりの色が出てくればと思っている」と述べ、基本方針の継承を表明した[16]。西田が自誌を形容するために用いるようになった「ポップカルチャーの総合誌」という表現は、その後も同誌の自己定義として定着し、田島編集長も経済産業省のオンライン媒体で「よく『BRUTUSは何の雑誌ですか』と聞かれます。僕らは『ポップカルチャーの総合誌』という表現をしています」と公式に踏襲している[17]。
人物
ラジオ
『見事なお仕事』(TBSラジオ)のパーソナリティを務めている[19]。企業の「見事な」取り組みや新商品・新サービス情報を、ポップカルチャーの総合誌『BRUTUS』の元編集長である西田が、企業の代表者・担当者にインタビュー形式で伺っていく番組[19][20]。
番組は2019年秋に日曜昼11:55からの5分枠(実質4分程度)でスタート。半年後の2020年4月改編で土曜夕方17:15からの15分枠に拡大・移動した後、2026年現在は月曜16:50からのレギュラー放送となっている[21]。本放送のほか、radikoおよびApple Podcasts、Spotify、YouTube「TBS Podcast」チャンネルなどでポッドキャスト配信が行われており、各回の書き起こしも公式サイトで順次公開されている[19][22]。2025年12月時点で配信エピソード数は160本を超える[19]。
出演企業は製造業・サービス業・スタートアップなど多岐にわたり、焼却灰資源化事業を手がける新日本電工、マッスルスーツを開発するイノフィス、JALの接客コンテスト、MONEY COMMUNICATIONSなど、業種を横断した取材が特徴となっている[21][23][24]。長男の西田風太(2018年TBSラジオ入社)が番組スタッフとして携わった。
そのほか、『Suntory Waiting Bar AVANTI』(TOKYO FM)には放送開始期から常連ゲストとして出演し、『VANTIカクテルブック』(FM東京出版)にも寄稿した。『BRUTUS』2009年3月1日号では同番組を紹介する企画を実現している。