西田靖
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1961年10月28日、静岡県静岡市岩本町に生まれ。東京都練馬区大泉学園町で育つ[2]。東京都立光丘高等学校中退後、美容師見習いをはじめとしてさまざまな職を転々とした後[4]、新聞の募集広告を見たのがきっかけで競艇選手を志し、2度目の受験で本栖研修所に合格した[5]。
- 1982年9月19日、選手登録。
- 1982年11月12日から平和島競艇場で開催された一般戦でデビュー。(4着)
- 1982年12月9日から江戸川競艇場で開催された一般戦で初勝利。
- 1983年5月21日から浜名湖競艇場で開催された一般戦で初優出。(デビュー8ヶ月)
- 1984年4月4日から平和島競艇場で開催されたG1周年記念でG1初出場。(デビュー1年10ヶ月)
- 1986年6月18日から江戸川競艇場で開催されたG1周年記念でG1初優出。(デビュー3年8ヶ月)
- 1986年11月23日から江戸川競艇場で開催されたG1施設改善でG1初優勝。(デビュー4年2ヶ月)
- 1987年3月5日から蒲郡競艇場で開催されたSG「第22回総理大臣杯」でSG初出場。(デビュー4年5ヶ月)
- 1989年5月4日から下関競艇場で開催されたSG「第16回笹川賞でSG初優出を果たすもフライングを犯す。(デビュー6年8ヶ月)
- 1991年6月20日から住之江競艇場で開催されたSG「第1回グランドチャンピオン決定戦」の優勝戦に1号艇でSG初優出。インコース進入となり2マーク桑原淳一に全速ターンで競り勝ち勝利し、SG初優勝。登録3000番台以降の選手による初のSG制覇となった。
- 1991年8月2日から下関競艇場で開催されたSG「第37回モーターボート記念」でも1号艇で優出し、4コース進入となったが先行する佐藤勝生を2周1マーク差して逆転勝ちでSG2連覇を果たす。
- 2011年12月17日からボートレース福岡で開催された 一般戦「アビスパ福岡杯」3日目第7Rにおいて2コースから飯山晃三を差し切り勝利[6]し、通算2000勝を達成。
- 2022年10月19日からボートレース桐生で開催された 一般戦「第8回太田双葉カントリークラブカップ DS開設9周年記念」初日第2Rにおいて1コースからイン逃げを決めて勝利[7]し、通算2500勝を達成[8]。
選手特徴
エピソード
- 「スーパーピット離れ」はあるレースで1コースを取ろうとしたところ、別の選手に後ろからコースを取られてしまい、「頭にきて絶対(インコースを)取り切ってやるという思いでプロペラを調整したら成功した」ことで生まれた[4]。
- カーレースが好きで、競艇選手になったのも「賞金でカーレースに参戦したかったから」と話す。1990年代には競艇マクールをスポンサーとしてレースに出場し、富士スピードウェイで行われたJAF公認レースで優勝した経験もある[4]。好きなF1レーサーはジャンカルロ・フィジケラ。
- 趣味は海釣りで、釣りをするために海の近くに住んでおり[4]、レースに出場しない時は釣りに出ている。
- 熱狂的な阪神タイガースのファンである[4]。
- 尊敬している人物は加藤峻二。
- 西島義則は2期先輩にあたるが、同い年で誕生日も2日違いということもあり「同級生」意識がある。
- その風貌から、「艇界のブルース・ウィリス」の異名をとる。
- 妻は同業の競艇選手だった。職業柄、腰痛などに悩まされ、西田はそれをフォローして、結婚した。
戦績
- 出走回数:8861回
- 1着回数:2501回
- 優出回数:326回
- 優勝回数:67回
- SG優勝回数:2回
- SG優出回数:17回
- SG出走回数:633回
- G1優勝回数:7回
- G1優出回数:79回
- G1出走回数:2651回
- フライング(F)回数:52回
- 出遅れ(L)回数:4回
- 通算勝率:6.57
- 2連対率:46.91
- 3連対率:60.90
- 生涯獲得賞金:1,632,447,840円