西粟倉村

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日本の旗 日本
都道府県 岡山県
にしあわくらそん ウィキデータを編集
西粟倉村
西粟倉村旗 西粟倉村章
西粟倉村旗 西粟倉村章
1924年10月制定
日本の旗 日本
地方 中国地方山陽地方
都道府県 岡山県
英田郡
市町村コード 33643-2
法人番号 8000020336432 ウィキデータを編集
面積 57.97km2
総人口 1,247[編集]
推計人口、2026年3月1日)
人口密度 21.5人/km2
隣接自治体 美作市
兵庫県宍粟市
鳥取県八頭郡智頭町若桜町
村の木 スギ
村の花 サツキ
村の鳥 ウグイス
西粟倉村役場
村長 青木秀樹
所在地 707-0503
岡山県英田郡西粟倉村大字影石33-1
北緯35度10分19秒 東経134度20分09秒 / 北緯35.17194度 東経134.33575度 / 35.17194; 134.33575座標: 北緯35度10分19秒 東経134度20分09秒 / 北緯35.17194度 東経134.33575度 / 35.17194; 134.33575
村役場庁舎位置
西粟倉村役場
西粟倉村役場
外部リンク 公式ウェブサイト

西粟倉村位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村

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西粟倉村(にしあわくらそん)[1]は、岡山県の北東端[2]にあり、兵庫県および鳥取県県境を接するである。英田郡に属す[1]中国山地南側に位置し、面積の約95%が森林である[2]。そのうち約9割をなどの人工林が占める傍ら、貴重な自然が残る若杉天然林(若林原生林)もある[3]豪雪地帯でもある。

私有林を村で一括して管理・活用する「百年の森林」事業のほか、家具など森林資源を活用した起業や移住者誘致による地域おこしでも知られる(後述)。

平成の大合併の際には、勝田町大原町東粟倉村美作町作東町、西粟倉村の6町村で設置した勝英地域合併協議会に加入し、美作市に加わる方向で話が進んでいた。合併の調印が間近となる時期を迎え、住民より合併の是非を問う住民投票条例制定請求が行われた。村はこれを却下し、代わりに住民アンケートを実施した。 住民アンケートは有権者18歳以上の住民(外国人を除く)で有権者数は1,451人。回答者数は1,404人。回収率は96.76%。結果は、合併する 305人(21.73%)、やむを得ず合併する 264人(18.80%)、合併しない 574人(40.88%)、できれば合併しない 245人(17.45%)、無効16人(1.14%)[4]。住民の約58%が合併に反対したため、合併しないことを決め、2004年に合併協議会を脱会した。

同年、総務省の地域再生マネージャー事業により、アミタ株式会社の地域再生コンサルティングが行われた。その中で、村の理念を示すテーマ「心産業の創出」を決定した[5]

2006年には「西粟倉村最初のベンチャー企業」として「株式会社木の里工房木薫」が起業した。村で挑戦する人たちを発掘していくことを目的に、村役場は「村の人事部」こと「雇用対策協議会」を設置。役場が中心となって、空き家を移住者へ斡旋する交渉を進めるなど、村の挑戦者(移住者)を受け入れる体制ができた[5]

2008年には西粟倉村の森づくりのビジョン「百年の森林構想[6]」が掲げられた。2009年4月から「百年の森林事業」が開始される。その構想に導かれるように「西粟倉・森の学校」「木工房ようび」が起業し、「挑戦者の村」が誕生した[5]。2009年には地域内だけにとどまらず、森林を大切にしたい想いでつながる「共有の森ファンド」を民間企業「トビムシ」と共同で実施[7]。これは国内初の森林・林業支援の事業ファンドであった[8]

地理

西粟倉村の街並み
(坂根で撮影)

隣接している自治体

沿革

  • 明治5年8月17日1872年9月19日) - 影石村及び影石村ノ内塩谷分が合併して、影石村が発足する[9]
  • 1883年(明治16年)2月15日 - 連合戸長役場制度発足により、吉野郡第一部戸長役場を影石村に設置し、影石村、坂根村、大茅村及び長尾村を管轄。筏津村及び知社村は同第三部戸長役場(古町村、後の大原村)の管轄となる[9]
  • 1889年(明治22年)6月1日 - 町村制の施行により、筏津村、大茅村、影石村、坂根村、知社村及び長尾村の区域をもって、吉野郡西粟倉村が発足する。
  • 1900年(明治33年)4月1日 - 吉野郡及び英田郡の区域をもって、英田郡が発足により、英田郡西粟倉村となる。

行政

村長:青木秀樹(2011年9月10日就任)

経済

主な産業は林業。移住者や村民により木材など山の恵みを活用した約20社の企業が相次ぎ設立され、2010年代には「起業家の村」として知られるようになった。森林再生支援などを手掛ける企業トビムシ(東京)などの出資により2009年に設立された企業「西粟倉・森の学校」が、間伐材の木製品への加工などを展開。これに触発されて、家具の製造、ゲストハウス運営、ウナギ養殖などの事業が立ち上がり、起業家養成講座も開かれている[15]

あわくら温泉など観光資源があり、温浴施設や宿泊施設がある。

地域

人口

西粟倉村と全国の年齢別人口分布(2005年) 西粟倉村の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 西粟倉村
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
西粟倉村(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年) 2,014人
1975年(昭和50年) 2,009人
1980年(昭和55年) 1,923人
1985年(昭和60年) 1,928人
1990年(平成2年) 1,939人
1995年(平成7年) 1,902人
2000年(平成12年) 1,831人
2005年(平成17年) 1,684人
2010年(平成22年) 1,520人
2015年(平成27年) 1,472人
2020年(令和2年) 1,398人
総務省統計局 国勢調査より

教育

文化施設

交通

村内の南北を縦断する国道373号
(影石で撮影)

鉄道

路線バス

道路

※県道は岡山県内の自治体では唯一通っていない。

道の駅

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

出身有名人

その他

脚注

外部リンク

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