豊平有香
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とよひら ゆか 豊平 有香 | |
|---|---|
| プロフィール | |
| 愛称 | トヨヘー |
| 出身地 |
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| 生年月日 | 1979年4月20日(46歳) |
| 血液型 | AB型 |
| 最終学歴 | 早稲田大学商学部 |
| 勤務局 | MBC南日本放送 |
| 部署 | ラジオセンター音声メディア部 |
| 職歴 | 報道部→ラジオセンター音声メディア部 部長[注釈 1] |
| 活動期間 | 2006年 - |
| 配偶者 | あり |
| 公式サイト | MBC南日本放送 |
| 出演番組・活動 | |
| 出演経歴 |
『かごしま4』 『ズバッと!鹿児島』 『城山スズメ』 『豊平有香のママ友ネットワーク』 『豊平有香のhousan's cosmos』 |
豊平 有香(とよひら ゆか、1979年〈昭和54年〉4月20日 - )は、MBC南日本放送のアナウンサー。
2009年(平成21年)には、豊平がディレクターとナレーターを務めたラジオ番組『奄美群島日本復帰55年特別番組 我伝えん、この喜びを~世界中で最も大いなるクリスマスプレゼント』が日本民間放送連盟賞における番組部門のラジオ報道番組で優秀賞を受賞[1][2]。
鹿児島県鹿児島市出身[3]で、生まれも育ちも鹿児島県[4][5]。鹿児島市立西田小学校、池田学園池田中学・高等学校を経て[6]早稲田大学商学部卒業。
大学には1年間の浪人を経て入学。大学に在学中には、芸能関係者やアナウンサーを輩出している「オールラウンドサークル」に所属し、元日本テレビアナウンサーの宮崎宣子は友人、お笑いタレントの小島よしおも顔見知りだった。大学時代は並行して東京アナウンスセミナーにも2期生として通い[7]、TBSテレビのインカ文明の特番で現地リポーターの一人にも抜擢された。
2002年(平成14年)4月1日にMBC南日本放送へ報道部の記者として入社[5][8]。2006年(平成18年)3月からはアナウンス部へ異動[5]。同年、豊田瑠衣の後を引き継ぎ地上デジタル放送推進大使の2代目MBC南日本放送代表に就任。
2008年(平成20年)後半頃から、番組内の企画で誕生したローカルパフォーマンスグループのズンダレ5の一員として活動し、テレビの生放送や鹿児島県内各地の各種イベントでコミカルな着ぐるみを着用して登場する事もあった。
2011年(平成23年)2月19日に放送されたズバッと!鹿児島の冒頭で結婚を報告。同年3月26日放送の同番組を最後に、出産に伴う1年間の育児休業へ入り、一児の母となる。2012年(平成24年)4月、育児休業から復帰しラジオ番組を担当。2014年(平成26年)4月からニュースキャスターとして報道部へ異動。2016年(平成28年)12月29日、MBCニューズナウの放送の最後に再び育児休業へ入り、二児の母となる。
2018年(平成30年)4月2日、育児休業から復帰すると同時にアナウンサーとして再びアナウンス部に異動。夕方のワイド番組『かごしま4』の担当となる。2022年(令和4年)9月30日から、MBCラジオの城山スズメを岩﨑弘志アナウンサーと共に担当[9]。
2023年(令和5年)10月2日、MBCニューズナウのキャスターに復帰し、小薗秀汰と共に木曜日と金曜日を担当。2023年(令和5年)10月7日には、白波スタジアムで恵俊彰と共に燃ゆる感動かごしま国体における開会式の司会を務めた[10]。
人物
ニックネームは、トヨヘー。小学校の高学年だったとき、放送委員をしたのがアナウンサーを目指すきっかけで、高校生のときにアナウンサーになりたいと思い始めた[5]。番組では標準語で喋ることが多いが、家では鹿児島弁で喋る[5]。ネコと芋焼酎が好きで、オヤジのように居酒屋でクダを巻くのが大好き。実家は鹿児島中央駅西口近くの豊平内科医院で、ズバッと!鹿児島にも登場した。
小学生の時に数年、種子島に転校したことがあった。西田小学校6年生の時、当時の校長から活発過ぎると指摘されたことがある。兄の影響で子供の頃から週刊少年ジャンプを愛読しており、好きな漫画は『ついでにとんちんかん』である[11]。小学生の頃は、男子と一緒に遊ぶ性格だったため、後ろで結んだ頭髪の後ろ姿がドラゴンボールの敵キャラクターであるザーボンに似ているという理由からザーボンというあだ名で呼ばれており、社会人になってからの同窓会でもザーボンと呼ばれている[12]。子供の頃にはファミリーコンピューターでも遊んでいた[13]。
高校時代はバスケットボール部にマネージャーとして所属し、友達と先生の物真似をしたり、MBCラジオを聞いたりしていた[6]。大学での4年間だけ東京都で暮らした[5]。
小学5年生のとき、池田学園夏祭りのゲストにジョー・フラメンコという名前で出演し歌った城光寺剛アナウンサーを会場で初めて目撃し、なんだあの面白い人はと憧れたことがアナウンサーを志望する動機となり、MBCに入社した直後に豊平は、たまたま城光寺と一緒に働く機会に恵まれ感激している[14]。
高校時代からB’zにハマっており[6]、B'zと城光寺のファンだと公言するようになった程で、自身のラジオ番組にはリスナーからB’zの曲がリクエストされることも多く、2019年(令和元年)11月24日には、ピンチヒッターとして担当したRadio de BINGOにおいて、B'zの曲に限定したリクエストを行った程である[15]。おそ松さんも好きで録画視聴している[16]。