1871年に生まれる。石川県羽咋市に暮らした。1975年時点で石川県最高齢者であり、1980年4月、北海道の古平コハルの死去により長寿日本一となる。但し存命中は泉重千代の記録が認定されていたため日本2位、女性の長寿日本一などと報じられた[1]。
手毬作りが趣味であった。時代劇や相撲をテレビで見ることも楽しみであった。午前7時に起床し、午後8時に就寝する規則正しい生活で、末娘によると、長寿は規則正しい生活と節制の成果だったという[2]。
105歳になっても、週に1度は近くの銭湯を訪れ、娘と共に寺参りをし、選挙をも欠かさず参加していた。108歳の誕生日には、市長を正装で迎え、正座で対応した[2]。
晩年は末娘の介護を受け自宅で暮らしていた[3]。
1982年1月10日、老衰のため110歳で死去した。長寿日本一は熊本県の宮田トカとなった。
ジェロントロジー・リサーチ・グループ(GRG)では不完全なケースとして2000年代半ばには認定されている[4]。