滋賀県高島郡安曇川町(現・高島市)で、より糸工場を経営していた河本家に嫁ぐ[4]。20代で結婚して8人の子を産み、生前に80人以上の子孫ができた。元自由民主党参議院議員の河本嘉久蔵[注釈 1]は孫である[1]。100歳のときに河本嘉久蔵から隠居所を貰い、晩年まで居住していた[5]。
1975年5月31日梅田ミトの死去に伴い、長寿日本一および世界一の座を引き継いだ。この頃、毎朝5時に起床しお経を唱え、1日に牛乳4本を欠かさず飲んでいたという[4]。1976年11月16日午前8時半に113歳60日で死去[1]。出生記録が確認できる日本人としては、江戸時代生まれの最後の人物であった[注釈 2]。河本にわの死去に伴い、中山イサが国内最高齢となったが彼女は、大政奉還後である慶応4年(明治元年)を江戸時代とみなせば出生記録が確かな中での江戸時代生まれ最後の人物でもあった。